卒業式後に父に断りを入れて、私は弾かれるように神社へと駆け出した。
 神社の花びらは季節よりなぜか早く散り始めたらしく、桜吹雪が舞う石段はまるで桜の絨毯を敷き詰められたようになっている。

「神様!」

 私は声に出して神様を呼んで、制服で石段を駆け上がった。
 右手には卒業証書。
 石段が途切れた咲き、花吹雪が舞う境内はすでに真新しい本殿が完成していた。
 あちこちに三角コーンが立っている。まだ覆いが剥がされていない御手水やピカピカの社務所が設られている。
 真新しい全てに、桜の花びらが降り注いでいた。

「……神様、神様。 私卒業したよ。出てきて」

 呼んでも出てこない。手足が震える。

「神様! 神様!」

 まるで別の空間になってしまった、境内のあちこちを巡って、私は神様の名前を呼び続けた。
 朝、夢の中で抱きしめてくれたのに。キスもしてくれたのに。
 あんなに優しく、私の名前を呼んでくれたのに。

「神様、……うそ。神様……」

 段差に足を取られ、私は境内で思い切り転ぶ。
 堰を切ったように私は声をあげて泣いた。
 太陽の熱で温かくなった境内の土は、神様の胸の暖かさに似ていた。

 ーーそれから、しばらくして。
 ひとしきり泣いて泣き疲れて、私は緩慢に体を起こした。
 もしかしたら、神様は私に見えなくなっただけで、いるかもしれない。
 私は明日にはこの町を出て、父の新居で寮生活の準備をすることになっている。
 今日は、桜ノ端の住人として『卒業』する日でもあった。

「……そうだね。最後なのに、泣いてばっかりじゃ駄目だね」

 私は立ち上がって無理矢理に笑顔を作る。
 涙を拭いて、体にいっぱいについた花びらを払い落とし、いつも神様が座っていあたりの石段へと目を向けた。
 幸いにも、石段はまだ古いガタガタのものが残っている。
 私はいつも座っていた場所に腰を下ろし、そっと、制服のリボンを解いた。
 真っ赤なリボンは、ごう、と吹き抜けた桜吹雪に攫われていく。
 神様が、最期にリボンを受け取ってくれた気がした。

「……ありがとう」

 返事がなくてまた泣きそうになるけれど、私は笑顔で神社を振り返った。

「神様、前に言ってくれたよね。志の中で、お母さんはずっと生き続けるって。覚えていて見守ることしかできないカミサマより、人はなんでもできる生き物なんだ、って……」

 私は確かにあなたに恋をした。そして私は、これから前を向いて進んでいく。

「初恋をあげるね、神様。私……ずっと神様を覚えているから」

 さよならなんて必要ない。これから神様は、ずっと私の中で生きている。

 舞い散る桜吹雪に、髪を撫でられた気がした。