「神様! ここで勉強していってもいい?」
「令和の娘が青空教室で勉強するって、随分とまあ時代錯誤っつーか」
「あ、この古文わからないんだ。神様わかる?」
「話聞けよ……まいいか。一応見せてみろ。ただ、教科書として正解かは知らないからな?」

 私は結局、悩みが解決した後も神様にだらだら会いに来るようになっていた。
神様と一緒にお菓子を食べて、ちょっとしたくだらない話をする時間が幸せだった。

「この辺りは昔は結構栄えてたんだぞ。田んぼはどこまでも広く続いてて、近くの海には貿易の船がたくさん来てて」
「そっか。田んぼがいっぱいってことは豊かだったってことなのね」
「そりゃそうさ。特にほら、ここから景色を見てみろ……田んぼの形がぐにゃぐにゃだろ? あの形は全部、千年以上昔から変わらない形なんだ」

 神様は景色を見ながら話してくれる。桜ノ端がもっと違う景色だった頃の思い出を。

「赤子が生まれるたびに、この場所に連れてこられていた時代もあったな。どうか無事に大人になりますように、ってな。……その時の神通力でも赤子の生死は変えられなかったから、せめて全部の子供の顔と命の形は覚えていようと思ったものさ」
「神様、本当に全員のことを覚えているの?」
「ああ。目を閉じれば、瞼の裏に、地平線まで続く広い墓地がある。一つ一つに名前と、どんな奴だったのかが刻まれているーーイメージで言うと、そんな感じかな」
「よくわかんない」
「まあそうだよな」

 神様は普通のお兄さんのような人なのに、時々ひどく遠い存在のように感じた。
 それを口に出して言えば、神様は私の髪をくしゃくしゃに撫でて笑う。

「本当、ここまで馴れ馴れしく話しかけてくる人間なんて初めてだよ」
「じゃあ私が死んでも、神様は覚えててくれる?」
「ばか。……遥花は特別だよ」
「特別って?」

 神様は答えずに、次は私の髪を両手でぐしゃぐしゃする。

「ちょっと、誤魔化さないでよー!」

 私は悲鳴をあげて、笑った。

 そんな風に毎週通っている廃神社にも少しずつ変化が訪れていた。
 参道の茂みに捨てられていた、いろんな不法投棄のゴミが減っている。ボロボロの本殿や境内の荒れ具合は変わらないけれど、なんだか木々に手を加えられている気がする。最低限の枝葉の伐採がされているような。

「最近もしかして、掃除されてるの? 神様」
「あー……うん」

 私の質問に神様は曖昧に答える。

「このまままた神様として祀られるようになるといいね」
「そうだな」

 神様はこの時、その一言だけで話題を変えてきた。
 ーー気づけば、よかったんだ。