数日後、バイトが終わった私は、夕暮れに染まる街中でそっと溜め息を零した。
 光樹君から真実を聞いてからずっと、胸の内が晴れないままなのだ。

 柚子の元へ向かった春明。
 彼の想いは自分にはなかったのかと考えてしまう。

 春明を好きになったきっかけは同じクラスになり、隣の席に座ったことだ。
 気さくな春明とは話が弾んで、一緒にいるのが楽しくて。
 入学からひと月も経たないうちに好きだと確信した。

 勇気を出して告白した時、『ありがとう。俺で良かったら』とはにかんだ春明の顔はもうぼんやりとしか思い出せない。
 そのことは悲しいけれど、今は少しの憤りもある。

 私を好きだと言ってくれたのは、本当だったのか。

「はぁ……もうよくわかんない」

 思考はごちゃつき、心はもやもやと曇り、気持ちが定まらない。
 そんな中、はっきりと頭に浮かぶのは、忘れても許されるという光樹君がくれた言葉だ。

 もし、春明の心は私ではなく柚子さんにあったなら。

「思い出しても、もう胸は痛まなくなるかな……」

 ひっきりなしに人々が行き交う駅前に差し掛かり、思わず独り言ちた時だ。
 鞄の中でスマホが震えて受信したメッセージを表示させる。
 そこには、光樹君からのメッセージがあった。

『甘えてもいいですか?』

 この数日、他愛ないメッセージやスタンプは送られてくることはあったが、頼み事は初めてだ。
 私はメッセージを打つのではなく、通話ボタンをタップした。

『……もしもし』

 機械越しの声はどこか弱々しい。

「光樹君、何かあった?」
『ん……熱、出て』
「えっ、大丈夫?」

 夏風邪だろうか。
 熱で動けず助けを求め、私にメッセージを送ったのだと悟る。

 正直にいえば、光樹君と会うのは怖い。
 春明のことで悩んでいる今、春明に似ている光樹君を前に冷静でいられる自信がないからだ。
 何かひとつでも春明のことでスイッチが入ったらと思うと不安になる。
 でも……。

「何か買って持っていこうか?」
『うん……お願いします』

 弱っている光樹君を放っておくことができなかった私は、急ぎ彼の家へと向かった。