夏の果てで、さよならを

 喪服のワンピースは着たまま。
 タオルケットを捲るも黒いストッキングも履いたまま。
 そうやって焦る私を見て、光樹君は我慢できないとばかりに笑った。

「何もしてないって。脱がしたのはパンプスだけ」

 ほっと胸をなでおろす私に、光樹君はミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。

「兄貴の彼女だったのは知ってたから、放置できなくて声かけたんだよ」
「め、迷惑かけてごめんなさい」

 申し訳なさを胸にペットボトルを受け取る。

「本当に何から何までありがとう。あの、頭痛薬なんてあるかな?」
「二日酔いってやつ?」
「多分……。初めてお酒飲んだから言い切れないけど」

 キャップを回して水をひと口喉に流し込む。
 光樹君はデスクの引き出しから頭痛薬を取り出して渡してくれた。
 また礼を言って受け取ると、光樹君がベッドに腰掛けた。

「もしくは、兄貴に似てる俺がストレスになってたりして」
「きっと二日酔いだよ。でも、本当にそっくりだね」

 昔見かけた時に春明に似ているとは思った。
 けれど、成長してここまで似るなんて吃驚だ。

「ね。自分でも笑っちゃう時あるし」
「ごめんね、昨日。勘違いして泣きついちゃって。もう間違えたりしないから」

 ちゃんと現実だと理解できた。
 また酔って同じことがあっても、今度は春明だと思うことはないはずだ。

「君は光樹君。うん、ちゃんと覚えた」

 春明はもう、この世にはいない人。

「……ありがとう」

 はにかんだ光樹君はどことなく嬉しそうだ。

「そうだ。俺、これから学校に用事あって出るんだけど、彩花さん今夜って時間ある?」
「特にないけど」

 バイトも休みだし、予定は入れていないので素直に答える。

「じゃあさ、夏祭りに付き合ってくんない?」
「夏祭り……」

 ツキリ、胸が痛んだのはあの日を思い出したから。

「介抱のお礼だと思ってさ」

 本当はあまり気が進まない。
 けれど、そう言われては断れず、私たちは連絡先を交換して一緒に家を出た。

 駅前で光樹君と別れ、朝の構内を歩く。

 乗り越えるべき時がきたのかもしれない。

 そう思いながら、私は帰路を辿った。