夏の果てで、さよならを

 スポンジを泡立てお皿を手に取ると、背後から「彩花さん」と呼ばれた。

「なに?」

 お皿にスポンジを滑らせ、振り返らずに返事をする。

「もし、付き合ってって言ったら、困らせる?」

 その問いかけに私は言葉を返せなかった。

 声色はいつものトーンで、本気なのか冗談なのかわからない。

 ううん、どちらでも関係ないのだ。
 困ると答えるべきで、冗談にしてしまえばいい。

 彼の告白が本気で、私の態度が傷つけるとしても。
 なのに。

「…………」

 僅かに開いた口からは、何の言葉も紡げない。

 手についた泡がゆっくりと流れ落ちていく。

 戸惑い固まってしまった私を、光樹君が背中からそっと抱き締めた。

「困ってる?」

 小さく頷くも、それで私を抱く腕の戒めを解いてくれるわけでもなく。

「俺のこと、好きになってもらえる可能性はない?」

 彼は耳元で強請るように囁いた。

「それ、は」

 ある、と言いかけた口を引き結ぶ。

 私はすでに光樹君に惹かれている。
 こうして抱き締められて、鼓動が甘く高鳴って仕方ないのが証拠だ。
 だけど、伝えてはいけない。

 光樹君の手が、私の顎に添えられる。

「彩花さん……」

 覗き込むようにする彼の吐息が頬を掠め、そっと唇が重なった。
 その刹那、胸の内に広がったのは光樹君への恋しいという想いだ。
 けれど今、優しい口づけがこんなにも苦しい。

 春明と初めてキスした時は、違った。
 心臓が壊れそうなくらいドキドキして、幸せだった。

 ──ああ。私はまた、春明を思い出している。

 これじゃ私は、光樹君を遠ざけている彼のお母さんと同じだ。
 春明を重ねられて、すでに苦しんでいる光樹君を傷つけたくないのに。