「今も辛いのは変わらないの?」
「みたいだよ。施設にばあちゃんの様子見に行ったら偶然いて、その時もちょっと取り乱してた。だから俺はすぐに帰ったけど……本当、兄貴が死んでから、俺の日常も壊れたなぁ」

 お母さんの心の傷はまだ癒えていないらしい。
 そして、それにより光樹君もまた心を疲弊させているのだ。

 熱に浮かされた弱々しい光樹君の声を聴き、私はそっと彼の手を握る。
 刹那、光樹君の唇がわなないた。
 彼はそれを隠すように、仰向けのまま顔を背ける。

「なんで、兄貴は彩花さんとの約束を優先しなかったんだろ。柚子なんかのとこに行かなければ、彩花さんも、母さんも、今もきっと笑っていられたのに」

 私と春明のお母さんだけじゃない。
 光樹君も、ひとりぼっちにはならなかった。

「柚子なんてさ、事故のあとさっさと新しい彼氏作って、何もなかったみたいに幸せそうにしてたんだよ。むかつくだろ」

 涙声で告げられた柚子さんの様子に、私は乾いた笑みを浮かべてしまう。
 柚子さんにとって、春明の死は簡単に乗り越えられるものだったのか。
 もしかしたら強がっていたのかもしれない。
 寂しくて辛くて、けれど負けたくないからと笑顔を作り、幸せそうに振る舞っていたのかもしれない。
 でも、目の当たりにしてしまった光樹君は、その切り替えの早さにショックを受けたのだ。

 柚子さんだけは、遺族にそんな風に思わせてはいけない人なのに。

「春明も柚子さんもずるいよね」

 あの日のことを責めようにも、春明には文句もいえない。
 柚子さんには会えても、彼女を責めるのは少し違う気もする。
 事故は、偶然に起きてしまったものだから。

 光樹君の手を包んでいた手に力を籠め、泣きそうになるのをぐっと堪えた。

「ごめんね、熱でだるいのに話させて」

 ゆるゆると光樹君が頭を振る。
 やがて、眠りに落ちた光樹君。
 私は彼の手を握りながら、結局放っておけずに朝まで傍にいたのだった。