……暑い。
外では、セミが元気に鳴いている。
ミーン、ミンミンミン。ジワジワジワ……。
(暑い……)
先週“つゆあけ”とかいうのが来てからというもの、毎日じっくり蒸されているような気温が続いていて、そろそろ蒸発しちゃいそう。
ヒロトの家にある『クーラー』って言う涼しくなる魔法の道具は――……故障中。
だから、フローリングの床に張り付いて、冷たいところを探し、芋虫みたいに這って移動する。
「あー……暑い〜……」
ソファーの背もたれに体を預けてうなだれ、片手に持ったうちわでパタパタあおぐヒロト。
その言葉に同意して頷くと、突然ひらめいたような声を出し勢いよく立ち上がった。
何事かと驚く私に、彼は表情を輝かせて一言。
「ちょび! 海に行こうか!」
(うみ……?)
首を傾げれば、ヒロトはにこりと笑って靴を履くように促してくる。
言われた通り玄関へ向かい、棚から靴を出そうとした。
すると、
「今日はこっち」
そう言って、初めてここへ来た次の日にヒロトが慌てて買ってきたスニーカーじゃなくて、この前デパートで買ってくれたサンダルを取り出した。
それを丁寧な手つきで私に履かせてくれて、「それじゃあ行こうか」と手を引く。
***
少し歩いてやって来たのは、私とヒロトが初めて出会った駅。
久しぶりに見た人混みが少し怖くて目を細めると、
「……ここで初めて会ったよね」
ヒロトは呟くように言葉を落とす。
「……!!」
覚えていてくれたんだ。
私も同じこと考えてたよ、一緒だね。
笑って見せればヒロトも少し口角を持ち上げて、私の頭を優しく撫でてくれた。
それから。切符売り場にやって来ると、販売機の前にヒロトが立つ。
ポケットから小銭を取り出し、機械に投入。
ボタンを何回か押せば、切符とお釣りがべーっと吐き出された。
「はい、ちょびの」
彼が差し出した切符には『大人』の文字。
何て読むんだろうと首をひねりながら改札に行き、駅員さんにそれを手渡す。
「はい、ありがとうございます。行ってらっしゃいませ」
(いってきます!)
スタンプの押された切符を受け取り頭を下げ、改札をくぐった。
少し長い階段をあがって、おりて。看板に『2番線』と書かれたホームへ到着。
何人か並ぶ列の一番後ろに立ってから少しすると、
プルルルル――……。
「間もなく、2番線ホームに列車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください」
アナウンスが流れ、大きな音と共に列車があらわれる。
(すごい! すごいね!)
「ちょび、足元気をつけてね」
スキップするように乗り込んで、あいている席に腰をおろした。
ひたすらはしゃぐ私の様子を、ヒロトはただ優しい目で見ている。
しばらくすると列車の扉が勝手に閉じて、ガタンガタンと音を立てながら動き始めた。
(……! はやい! はやいねヒロト!)
走り出した途端、窓に映る景色は目まぐるしく変わり、私はひたすら「すごい!」と感動するばかり。
中はとっても涼しくて、額に滲んでいた汗は少しずつ消えていく。
座席に膝を立て窓ガラスに顔を張り付けていると、
「こら。ちゃんと座りなさい」
ヒロトに怒られた。
***
何個目かの駅で降りると、少し遠くに見えたのは一面に広がる大きな水溜まり。
(でっかい! すごい!)
「ほら、ちょび。あれが海」
(うみ!)
太陽の照りつけるコンクリートの道をヒロトと手を繋いで歩き、“うみ”までやって来た。
境界線には砂がたくさんあって、サンダルにサラサラと入り込んでくる。
足を振ってそれを払っていると、ヒロトに「脱いでもいいよ」と言われたので、迷わずポイポイ放り投げた。
(わーい!)
海に向かって走り、ワンピースの裾を持ち上げて中に入ってみる。……足だけ。
海の水はちょうどいい冷たさで、暑さに火照った体が溶かされるような気持ちになった。
ひんやり。
きもちいい。
「着替え持ってきてないから、足だけだぞー」
私が放ったサンダルを拾い上げながら、声を出して笑うヒロト。
(うん!!)
大きく頷いて見せたあと、しぶきを上げながら浅瀬を走り回る。
バシャバシャ。
(あっ!)
水の中をよく見ると、底の方に動く貝を見つけた。
少しのあいだ睨み合い、隙を見て捕まえる。
(とれたー!)
それを持って駆け寄れば、ヒロトは少し驚いた様子で目を丸めた。
そんな彼についさっき捕まえたばかりの獲物を見せつける。
手の中には、小さな貝。そして、そこからひょこりと顔を覗かせる小さなカニ。
それを見てヒロトは、
「ヤドカリ捕まえたのか」
そう言ってからから笑った。
ヤドカリ。
この生き物は、ヤドカリ。
(……食べられるのかな?)
鼻を近づけ、匂いを嗅いでみる。
「……」
なんだか……ちょっと塩辛い匂い。
小さいし、あんまり美味しそうじゃない。
試しに舐めてみたら、やっぱりしょっぱかった。
(おいしくない!)
慌てて海へ戻り“ヤドカリ”を逃す私を見て、ヒロトはいよいよお腹を抱えて笑いだす。
「あははっ……! ちょび、ヤドカリはさすがに食べられないと思う」
太陽みたいに明るい笑顔を見ていると、なんだかとても嬉しくなった。
(じゃあ、食べられるもの捕まえてくる!)
その笑顔をもう一度見たくて、再び水の中に目をこらす。
不意に、何かの生き物がきらりと光って移動した。
(宝石だー!)
でも、宝石はなかなかすばしっこい。
頑張っても頑張っても捕まえられなかったので、かわりにたまたま流れてきたワカメを拾った。
「ひろ、とっ!」
今度は食べられるよ!
「ありがとう」
自信満々で差し出したそれを、ヒロトは小さく笑いながら受け取る。
彼は「交換」と言って、ピンク色の小さな貝をくれた。
「サクラ貝」
「さっ、くらっ、」
太陽にかざしてみると、光がサクラ貝に透ける。
すごく可愛くて、綺麗。
「あり、が、と!」
この前ヒロトに教えてもらった『正しい』お礼を口にして、思いっきり笑って見せた。
彼は、そんな私の頭を撫でながら優しく微笑む。
「来年もまた来ような」
――……来年も。
(うん!)
外では、セミが元気に鳴いている。
ミーン、ミンミンミン。ジワジワジワ……。
(暑い……)
先週“つゆあけ”とかいうのが来てからというもの、毎日じっくり蒸されているような気温が続いていて、そろそろ蒸発しちゃいそう。
ヒロトの家にある『クーラー』って言う涼しくなる魔法の道具は――……故障中。
だから、フローリングの床に張り付いて、冷たいところを探し、芋虫みたいに這って移動する。
「あー……暑い〜……」
ソファーの背もたれに体を預けてうなだれ、片手に持ったうちわでパタパタあおぐヒロト。
その言葉に同意して頷くと、突然ひらめいたような声を出し勢いよく立ち上がった。
何事かと驚く私に、彼は表情を輝かせて一言。
「ちょび! 海に行こうか!」
(うみ……?)
首を傾げれば、ヒロトはにこりと笑って靴を履くように促してくる。
言われた通り玄関へ向かい、棚から靴を出そうとした。
すると、
「今日はこっち」
そう言って、初めてここへ来た次の日にヒロトが慌てて買ってきたスニーカーじゃなくて、この前デパートで買ってくれたサンダルを取り出した。
それを丁寧な手つきで私に履かせてくれて、「それじゃあ行こうか」と手を引く。
***
少し歩いてやって来たのは、私とヒロトが初めて出会った駅。
久しぶりに見た人混みが少し怖くて目を細めると、
「……ここで初めて会ったよね」
ヒロトは呟くように言葉を落とす。
「……!!」
覚えていてくれたんだ。
私も同じこと考えてたよ、一緒だね。
笑って見せればヒロトも少し口角を持ち上げて、私の頭を優しく撫でてくれた。
それから。切符売り場にやって来ると、販売機の前にヒロトが立つ。
ポケットから小銭を取り出し、機械に投入。
ボタンを何回か押せば、切符とお釣りがべーっと吐き出された。
「はい、ちょびの」
彼が差し出した切符には『大人』の文字。
何て読むんだろうと首をひねりながら改札に行き、駅員さんにそれを手渡す。
「はい、ありがとうございます。行ってらっしゃいませ」
(いってきます!)
スタンプの押された切符を受け取り頭を下げ、改札をくぐった。
少し長い階段をあがって、おりて。看板に『2番線』と書かれたホームへ到着。
何人か並ぶ列の一番後ろに立ってから少しすると、
プルルルル――……。
「間もなく、2番線ホームに列車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください」
アナウンスが流れ、大きな音と共に列車があらわれる。
(すごい! すごいね!)
「ちょび、足元気をつけてね」
スキップするように乗り込んで、あいている席に腰をおろした。
ひたすらはしゃぐ私の様子を、ヒロトはただ優しい目で見ている。
しばらくすると列車の扉が勝手に閉じて、ガタンガタンと音を立てながら動き始めた。
(……! はやい! はやいねヒロト!)
走り出した途端、窓に映る景色は目まぐるしく変わり、私はひたすら「すごい!」と感動するばかり。
中はとっても涼しくて、額に滲んでいた汗は少しずつ消えていく。
座席に膝を立て窓ガラスに顔を張り付けていると、
「こら。ちゃんと座りなさい」
ヒロトに怒られた。
***
何個目かの駅で降りると、少し遠くに見えたのは一面に広がる大きな水溜まり。
(でっかい! すごい!)
「ほら、ちょび。あれが海」
(うみ!)
太陽の照りつけるコンクリートの道をヒロトと手を繋いで歩き、“うみ”までやって来た。
境界線には砂がたくさんあって、サンダルにサラサラと入り込んでくる。
足を振ってそれを払っていると、ヒロトに「脱いでもいいよ」と言われたので、迷わずポイポイ放り投げた。
(わーい!)
海に向かって走り、ワンピースの裾を持ち上げて中に入ってみる。……足だけ。
海の水はちょうどいい冷たさで、暑さに火照った体が溶かされるような気持ちになった。
ひんやり。
きもちいい。
「着替え持ってきてないから、足だけだぞー」
私が放ったサンダルを拾い上げながら、声を出して笑うヒロト。
(うん!!)
大きく頷いて見せたあと、しぶきを上げながら浅瀬を走り回る。
バシャバシャ。
(あっ!)
水の中をよく見ると、底の方に動く貝を見つけた。
少しのあいだ睨み合い、隙を見て捕まえる。
(とれたー!)
それを持って駆け寄れば、ヒロトは少し驚いた様子で目を丸めた。
そんな彼についさっき捕まえたばかりの獲物を見せつける。
手の中には、小さな貝。そして、そこからひょこりと顔を覗かせる小さなカニ。
それを見てヒロトは、
「ヤドカリ捕まえたのか」
そう言ってからから笑った。
ヤドカリ。
この生き物は、ヤドカリ。
(……食べられるのかな?)
鼻を近づけ、匂いを嗅いでみる。
「……」
なんだか……ちょっと塩辛い匂い。
小さいし、あんまり美味しそうじゃない。
試しに舐めてみたら、やっぱりしょっぱかった。
(おいしくない!)
慌てて海へ戻り“ヤドカリ”を逃す私を見て、ヒロトはいよいよお腹を抱えて笑いだす。
「あははっ……! ちょび、ヤドカリはさすがに食べられないと思う」
太陽みたいに明るい笑顔を見ていると、なんだかとても嬉しくなった。
(じゃあ、食べられるもの捕まえてくる!)
その笑顔をもう一度見たくて、再び水の中に目をこらす。
不意に、何かの生き物がきらりと光って移動した。
(宝石だー!)
でも、宝石はなかなかすばしっこい。
頑張っても頑張っても捕まえられなかったので、かわりにたまたま流れてきたワカメを拾った。
「ひろ、とっ!」
今度は食べられるよ!
「ありがとう」
自信満々で差し出したそれを、ヒロトは小さく笑いながら受け取る。
彼は「交換」と言って、ピンク色の小さな貝をくれた。
「サクラ貝」
「さっ、くらっ、」
太陽にかざしてみると、光がサクラ貝に透ける。
すごく可愛くて、綺麗。
「あり、が、と!」
この前ヒロトに教えてもらった『正しい』お礼を口にして、思いっきり笑って見せた。
彼は、そんな私の頭を撫でながら優しく微笑む。
「来年もまた来ような」
――……来年も。
(うん!)