「小学生のころのことを言ってるんじゃないの。私はこの塔で、モニター越しにミカズキを観ていた」
「僕の、外での暮らしを見ていた……ってこと? ……僕って、そんなに面白いことをしていたかな」
「面白いというのとは違うの。観ていると安心したのよ。だってあなたは、いつも一人でいたし……」
 彼女はそこで、「相手の良いところを挙げようとしたけれど、なにも思いつかなかったわ」というような視線の泳がせ方をして、「……とにかく、一人ぼっちのあなたが好きだったのよ」とごまかすように言って笑った。
「それに、毎日この城の塀を見て歩いていたじゃない? 絶対にいつか入ってくるって思っていたの」
「ここにいる人たちって、みんなあのブロック塀の足場を見つけて入ってきたの? きみは別として」
「ううん。監視塔員も運営階員も、普通はちゃんとした求人募集を経て採用されるわ」
「ナントカワークとか、そういう求人誌に載ってるってこと? 見たことないけどな」
「巧妙に隠してるの。テーマパークの求人だって、そのまま書いたりしないでしょ?」
 それから彼女は、監視塔の採用試験についていろいろと教えてくれた。彼女自身も又聞きのようで、話が脚色されている可能性は多分にあるのだけれど――たとえば、ある人は採用面接でいきなりお笑い番組を見せられて、五人のお笑い芸人のネタを戸惑いながら眺めた後、面接官に「なにか気付いたことはありますか」と質問された。
「……でもその人は、見事正解を言い当てたの。三番目に出てきた『ステーキマン』というお笑い芸人が、腰に大きなナイフとフォークをたずさえていたんだけど……それが左右逆だったのね。だからその人は、『はて? 特にこれといっては。ただ……三番目の彼はどうやら、左利きのようですな?』と答えて採用された、なんて言ってたわ。でもそのキザな言い回しは、さすがに誇張してるわよね」というような話だ。
 そうしているうちに、ずいぶんと時間が経った。どう考えてもサウナに居過ぎていたが、そのおかげで、大量の汗と共に精神的な澱(おり)のようなものまできれいさっぱり排出できた気がした。身体的な疲労感を前に、人間はようやく雑念を捨てることができる。