冬の始まりを告げる、重たい曇天の朝。

 フェルゼンシュタインの第五王子ユリアンは、多くの従者を引き連れ祖国を出た。

 馬車に詰めこまれ煌びやかな衣装をまとう彼を、故国の人々は涙とともに見送った。城内の家族だけでなく、平民たちまでも彼を惜しんだのは、彼が王子でありながら気取らず街に馴染み、人々に親しまれた証だった。

 エルフリーデだけが晴れがましいその場に現れなかった。
 艶やかな黒髪が群衆のどこかにまぎれてやいないかと、ユリアンは何度も馬車から身を乗り出して探したが、ついぞその姿を見つけることはできなかった。

 祖国の冬を背に、いくつかのなだらかな山を越えてたどり着いた先が、常夏の大国カースィム。

 国境の検問所で王都の家臣団に出迎えられ、儀礼的な歓迎を受けた後、彼は馬から駱駝(ラクダ)に乗り換えた。

 砂漠の生き物が、乾いた大地を踏み締め、ゆっくりと彼を女王のもとへと導いていく。
 一歩、二歩。一歩、二歩。
 二度と戻ることのない道を、彼は何度も振り返った。
 そこに愛しいものの姿を見つけることはできないのに。