4年に一度の英雄を決定する英雄選手権の順位が今年決定される。とはいっても、まだ第1回という歴史の浅い選手権だ。世の中で1番いいことをした人が英雄という名のもとに表彰され、4年間は衣食住に困らない金額を報奨金として国が出資するのだ。もちろん上位に入った者も報奨金として、多額の金額を受け取ることができる。
英雄はマスコミにもてはやされ、国のヒーローとなり、象徴となる。テレビ出演はもちろん、国の啓発活動にも積極的に参加することになる。これを機にタレントや芸能人になろうともくろむ者もいれば、ボランティアを促進したいという正義感にあふれた希望を持つものもいる。しかし、大半のエントリー者は報奨金目当てのものが多い。なぜならば、オリンピック選手とは違い、天性の素質や運動神経などの秀逸さを求められるものではないので、誰でも優勝できる可能性があるのが特徴だからだ。元手となる出資金もない。
しかしながら、どのようにしていいことを測るのかと疑問に思うことも多いのだが、国が独自に作った腕輪を手首につけると、いいことをすればポイントがたまるシステムだ。悪いことをするとポイントがマイナスになる。それくらい現代の科学技術は発展している。しかし、その科学技術をもってしても太刀打ちできない現象が起きた。
「新型殺ウイルス」という恐ろしいウイルスが国を襲ったのだった。予期せぬ事態に、人々は恐れる。人というのは、わからない恐怖におびえるものだと思う。なぜならば、完治薬がない、原因不明、感染経路が不明、対処法がない、となると人間にはどうすることもできない。
もちろん、先端技術をもつ国の機関は新薬を開発しているだろうが、ウイルスの拡散は思ったより勢いよく国を覆いつくす。
スーパーやドラッグストアには、マスクを買い求める者が押し寄せ、品切れになる事態が続いている。トイレットペーパー、ティッシュペーパーや消毒作用のあるウェットティッシュも品切れになり、生産が追い付かない騒動となっている。
こういうときに、いいことをするとポイントが上がるので、中にはマスクを配布をする者もいたが、あっという間にマスクはなくなってしまう。自衛のためにある程度のマスクは必要であり、入手できなくなるとそれ以上のボランティアはできないでいるようだった。人との接触が良くないとされているので、英雄選手権目前だというのに活動を自粛せざるおえない。
誰でも入ることができると言われている高校に在学している俺は、選手権にエントリーして、4年前に無料で腕輪を国から支給してもらっていた。今までほとんどいいことなんてしてこなかった。だから、腕輪のポイントは0以下だった。ゴミ拾いでもすれば、多少のポイントはあがるだろうが、そんなちょっとしたいいことなんてしても上位に食い込むことなんてできないだろうと思っていた。だったら、なにもしないほうがいい、それが俺の考えだ。
この4年、ポイントはマイナスの状態だった。腕輪を外そうと思ったのだが、どうやらどうやっても取ることができない。自力で取ることができない構造になっているようで、軽い違反や犯罪など悪いことをした事実は国にデータとして送信されているようだ。しかし、具体的な悪いことについてまでは解析できる技術がないらしく、逮捕されたという話は聞いたことがない。腕輪を見るたびに個人情報を盗み見られている感覚がして、気持ちが悪くなる。
「私は死神よ」
絶望の中、見たこともない少女が現れた。大きな鎌を持っている。銃刀法違反のような大きな立派な刃物だった。体が華奢で小さいのによく大きな鎌を持てるなと少しばかり驚く。顔立ちは幼いが、歳は近いような気がする。
「君はもうすぐ殺される予定だけれど、どうせならば英雄になってみない?」
「英雄選手権か? あれはもうあきらめているよ。4年もあるのに俺のポイントはゼロ以下だよ」
「この大きな鎌は特殊な鎌なの。なんでも殺すことができるよ。たとえば、新型殺ウイルスだって殺すことができるんだよ」
「まじかよ? じゃあ俺のポイントは一気にアップか? あれだけ世間を騒がせているウイルスを壊滅させれば英雄だよな」
「この鎌は何でも殺せるって言ったでしょ? 悪い奴の心を殺すこともできるんだよ」
笑顔の死神少女はまるで天使のようなほほえみだった。
「でも、心を殺すって? 殺人だろ?」
「君は死神じゃないから、正確にはこの《《鎌で殺すことはできない》》んだ。《《悪いものをいいものに変えることはできる》》よ」
くったくのない笑顔からはとても死神とは思えない。というか、この少女は本当に死神なのだろうか? でも、こんなに大きな背丈ほどの鎌は売っているのをみたことはない。少女の力で持てるものなのかも正直不思議だ。
「本当の死神の鎌なのかどうか、効果を見せてくれないか?」
「じゃあ、この枯れた花を鎌で刈ってみてよ」
俺は鎌を手にする。大きな鎌は重そうに見えたのだが、案外軽いものだった。鉄のような刃は何でできているのだろうか。近くで見ると、見たこともない知らない物質のようだった。
「この刃は人を傷つけることはない物質だから、ケガをさせる心配はないよ」
にこにこした優しい顔で説明をする少女。本当に死神なのだろうか?
「えいっ」
思い切って大きな鎌を振り下ろす。すると、花はみるみる活性化して、みごとな生命力みなぎる美しい花を咲かせた。きっとこの花は、今が一番美しい時ではないだろうか。全盛期となった花を目の前に、俺は立ち尽くした。自分より強大な力を持った鎌をどうやって扱えばいいのか困ってしまっているのが本心だった。
「この花は自然と枯れたものじゃなくて、人間がまいた枯葉剤のせいで枯れてしまったんだよ。そういったものならば、悪いものを取り除くから、元に戻る。でも、花の寿命で枯れたのであれば、鎌でもう一度咲かせることは不可能なんだ」
「この鎌で、ウイルスをやっつけるといっても、どうやってやっつければいいのだろう? そもそもウイルスはみえないしね」
そんなに賢くはない俺の頭脳を見透かしたのか、死神がアドバイスを始めた。そもそも、普通の人間と見た目が変わらないので、死神なのかは正直疑ってしまう。
「この鎌を持つとウイルスがみえるんだ。ウイルスを撲滅すると思いながら、鎌を振ってみてよ。あたり一面のウイルスは消えてしまうんだ。正確に言うと、ウイルスがいいものに変わるから、人間に悪影響を与えないものとなるんだけとねっ」
そんなに明るい性格だと死神らしさが更に感じられない。人間生きていると色々な人や者に遭遇するものだと客観的に納得する。
俺は、さっそく市内の大きな病院へウイルス退治に向かう。関係者が止めようとすれば、鎌を振り落とす。すると、関係者は心が変化して俺を案内する。この鎌には、洗脳のような作用があるようだ。
常に少女が横でアドバイスしてくれるので、俺はアドバイスに従う。少女の言葉に嘘偽りはなく、面白いほど事はうまく運ばれた。ウイルスを撲滅させようという気持ちを込めて、鎌をひと振りすると、ウイルスが見えなくなり、たちまち病人は元気になった。検査をすると重症患者のウイルスは陰性になっており、その事実の証人が増えるごとに俺は英雄となった。マスコミが連日騒ぎ立て、SNSでは俺の話題で持ちきりだった。
腕輪のポイントを見ると、一気に1万ポイントに膨れ上がっていた。その後、俺は死神少女と共に、全国の病院をまわり、完治させると英雄として賞賛を受けることとなった。あぁ、なんていい気分だろう。ダントツのポイントを獲得した俺は、英雄選手権で1位となり、金メダルと国民栄誉賞を授与されることとなった。
「そういえば、俺って死ぬから死神ちゃんが来たんだよな」
いつしか、俺にしか見えない相棒は死神ちゃんと呼ぶ仲になった。少し気まずい空気が流れる。側にいる彼女は優しく心が落ち着く。そんな彼女との時間はとても居心地がいい。
「こんな俺でも、死ぬ前にこんなにいい事実を残せたんだ。まぁ仕方ないよな」
諦めた俺の顔をじっと見つめた死神ちゃんが自身を指さし、鎌を振り下ろせと合図をする。
「そうか、死神ちゃんの心を変えれば俺は死なないし。この鎌は《《人を殺すことができない》》んだよな」
俺は、死神ちゃんに鎌を振る。すると――
「君のこと――好きだったよ。ありがとう。元気でね」
死神と鎌が薄い色になる。死神に鎌を振ると、《《人は死ななくても》》死神が死んでしまう鎌だったのか? 俺は焦って、問いかける。
「死んじゃだめだ。ずっとそばにいてくれよ」
「死神がついていなければ死なないよ。好きだったよ、英雄さん」
死神は消えた。自身の命と引き換えに俺を救ったらしい。自分の恋心に気づいた瞬間に俺の恋は終わってしまったようだ。鎌を振りかざす前に戻ることができたのならば、俺は彼女のことを消さずに済んだのに。自らの手で俺は初恋の彼女を消してしまった。
どんなに偉くなっても、どんなにお金があっても買うことができないものが、初恋で、好きな人なのかもしれない。恋や愛は気づいたら、そこにあるものなのだから。
英雄はマスコミにもてはやされ、国のヒーローとなり、象徴となる。テレビ出演はもちろん、国の啓発活動にも積極的に参加することになる。これを機にタレントや芸能人になろうともくろむ者もいれば、ボランティアを促進したいという正義感にあふれた希望を持つものもいる。しかし、大半のエントリー者は報奨金目当てのものが多い。なぜならば、オリンピック選手とは違い、天性の素質や運動神経などの秀逸さを求められるものではないので、誰でも優勝できる可能性があるのが特徴だからだ。元手となる出資金もない。
しかしながら、どのようにしていいことを測るのかと疑問に思うことも多いのだが、国が独自に作った腕輪を手首につけると、いいことをすればポイントがたまるシステムだ。悪いことをするとポイントがマイナスになる。それくらい現代の科学技術は発展している。しかし、その科学技術をもってしても太刀打ちできない現象が起きた。
「新型殺ウイルス」という恐ろしいウイルスが国を襲ったのだった。予期せぬ事態に、人々は恐れる。人というのは、わからない恐怖におびえるものだと思う。なぜならば、完治薬がない、原因不明、感染経路が不明、対処法がない、となると人間にはどうすることもできない。
もちろん、先端技術をもつ国の機関は新薬を開発しているだろうが、ウイルスの拡散は思ったより勢いよく国を覆いつくす。
スーパーやドラッグストアには、マスクを買い求める者が押し寄せ、品切れになる事態が続いている。トイレットペーパー、ティッシュペーパーや消毒作用のあるウェットティッシュも品切れになり、生産が追い付かない騒動となっている。
こういうときに、いいことをするとポイントが上がるので、中にはマスクを配布をする者もいたが、あっという間にマスクはなくなってしまう。自衛のためにある程度のマスクは必要であり、入手できなくなるとそれ以上のボランティアはできないでいるようだった。人との接触が良くないとされているので、英雄選手権目前だというのに活動を自粛せざるおえない。
誰でも入ることができると言われている高校に在学している俺は、選手権にエントリーして、4年前に無料で腕輪を国から支給してもらっていた。今までほとんどいいことなんてしてこなかった。だから、腕輪のポイントは0以下だった。ゴミ拾いでもすれば、多少のポイントはあがるだろうが、そんなちょっとしたいいことなんてしても上位に食い込むことなんてできないだろうと思っていた。だったら、なにもしないほうがいい、それが俺の考えだ。
この4年、ポイントはマイナスの状態だった。腕輪を外そうと思ったのだが、どうやらどうやっても取ることができない。自力で取ることができない構造になっているようで、軽い違反や犯罪など悪いことをした事実は国にデータとして送信されているようだ。しかし、具体的な悪いことについてまでは解析できる技術がないらしく、逮捕されたという話は聞いたことがない。腕輪を見るたびに個人情報を盗み見られている感覚がして、気持ちが悪くなる。
「私は死神よ」
絶望の中、見たこともない少女が現れた。大きな鎌を持っている。銃刀法違反のような大きな立派な刃物だった。体が華奢で小さいのによく大きな鎌を持てるなと少しばかり驚く。顔立ちは幼いが、歳は近いような気がする。
「君はもうすぐ殺される予定だけれど、どうせならば英雄になってみない?」
「英雄選手権か? あれはもうあきらめているよ。4年もあるのに俺のポイントはゼロ以下だよ」
「この大きな鎌は特殊な鎌なの。なんでも殺すことができるよ。たとえば、新型殺ウイルスだって殺すことができるんだよ」
「まじかよ? じゃあ俺のポイントは一気にアップか? あれだけ世間を騒がせているウイルスを壊滅させれば英雄だよな」
「この鎌は何でも殺せるって言ったでしょ? 悪い奴の心を殺すこともできるんだよ」
笑顔の死神少女はまるで天使のようなほほえみだった。
「でも、心を殺すって? 殺人だろ?」
「君は死神じゃないから、正確にはこの《《鎌で殺すことはできない》》んだ。《《悪いものをいいものに変えることはできる》》よ」
くったくのない笑顔からはとても死神とは思えない。というか、この少女は本当に死神なのだろうか? でも、こんなに大きな背丈ほどの鎌は売っているのをみたことはない。少女の力で持てるものなのかも正直不思議だ。
「本当の死神の鎌なのかどうか、効果を見せてくれないか?」
「じゃあ、この枯れた花を鎌で刈ってみてよ」
俺は鎌を手にする。大きな鎌は重そうに見えたのだが、案外軽いものだった。鉄のような刃は何でできているのだろうか。近くで見ると、見たこともない知らない物質のようだった。
「この刃は人を傷つけることはない物質だから、ケガをさせる心配はないよ」
にこにこした優しい顔で説明をする少女。本当に死神なのだろうか?
「えいっ」
思い切って大きな鎌を振り下ろす。すると、花はみるみる活性化して、みごとな生命力みなぎる美しい花を咲かせた。きっとこの花は、今が一番美しい時ではないだろうか。全盛期となった花を目の前に、俺は立ち尽くした。自分より強大な力を持った鎌をどうやって扱えばいいのか困ってしまっているのが本心だった。
「この花は自然と枯れたものじゃなくて、人間がまいた枯葉剤のせいで枯れてしまったんだよ。そういったものならば、悪いものを取り除くから、元に戻る。でも、花の寿命で枯れたのであれば、鎌でもう一度咲かせることは不可能なんだ」
「この鎌で、ウイルスをやっつけるといっても、どうやってやっつければいいのだろう? そもそもウイルスはみえないしね」
そんなに賢くはない俺の頭脳を見透かしたのか、死神がアドバイスを始めた。そもそも、普通の人間と見た目が変わらないので、死神なのかは正直疑ってしまう。
「この鎌を持つとウイルスがみえるんだ。ウイルスを撲滅すると思いながら、鎌を振ってみてよ。あたり一面のウイルスは消えてしまうんだ。正確に言うと、ウイルスがいいものに変わるから、人間に悪影響を与えないものとなるんだけとねっ」
そんなに明るい性格だと死神らしさが更に感じられない。人間生きていると色々な人や者に遭遇するものだと客観的に納得する。
俺は、さっそく市内の大きな病院へウイルス退治に向かう。関係者が止めようとすれば、鎌を振り落とす。すると、関係者は心が変化して俺を案内する。この鎌には、洗脳のような作用があるようだ。
常に少女が横でアドバイスしてくれるので、俺はアドバイスに従う。少女の言葉に嘘偽りはなく、面白いほど事はうまく運ばれた。ウイルスを撲滅させようという気持ちを込めて、鎌をひと振りすると、ウイルスが見えなくなり、たちまち病人は元気になった。検査をすると重症患者のウイルスは陰性になっており、その事実の証人が増えるごとに俺は英雄となった。マスコミが連日騒ぎ立て、SNSでは俺の話題で持ちきりだった。
腕輪のポイントを見ると、一気に1万ポイントに膨れ上がっていた。その後、俺は死神少女と共に、全国の病院をまわり、完治させると英雄として賞賛を受けることとなった。あぁ、なんていい気分だろう。ダントツのポイントを獲得した俺は、英雄選手権で1位となり、金メダルと国民栄誉賞を授与されることとなった。
「そういえば、俺って死ぬから死神ちゃんが来たんだよな」
いつしか、俺にしか見えない相棒は死神ちゃんと呼ぶ仲になった。少し気まずい空気が流れる。側にいる彼女は優しく心が落ち着く。そんな彼女との時間はとても居心地がいい。
「こんな俺でも、死ぬ前にこんなにいい事実を残せたんだ。まぁ仕方ないよな」
諦めた俺の顔をじっと見つめた死神ちゃんが自身を指さし、鎌を振り下ろせと合図をする。
「そうか、死神ちゃんの心を変えれば俺は死なないし。この鎌は《《人を殺すことができない》》んだよな」
俺は、死神ちゃんに鎌を振る。すると――
「君のこと――好きだったよ。ありがとう。元気でね」
死神と鎌が薄い色になる。死神に鎌を振ると、《《人は死ななくても》》死神が死んでしまう鎌だったのか? 俺は焦って、問いかける。
「死んじゃだめだ。ずっとそばにいてくれよ」
「死神がついていなければ死なないよ。好きだったよ、英雄さん」
死神は消えた。自身の命と引き換えに俺を救ったらしい。自分の恋心に気づいた瞬間に俺の恋は終わってしまったようだ。鎌を振りかざす前に戻ることができたのならば、俺は彼女のことを消さずに済んだのに。自らの手で俺は初恋の彼女を消してしまった。
どんなに偉くなっても、どんなにお金があっても買うことができないものが、初恋で、好きな人なのかもしれない。恋や愛は気づいたら、そこにあるものなのだから。