「すまんな、呼びたてるようなことをして。しかし、事態は今最悪だ。急を要するのをどうか理解してほしい」
 
 
 大人の都合ですまない、と男は言った。
 
 
 男は名前を佐藤と言った。国家機密組織の世界的諜報機関に属しているのだと言う。真偽は定かでない。
 
 
「この間、三日前か。ここで会ったのを覚えているかね」
 
 
 男の誘導通り、僕はプール施設の中に入っている。ちょうどプールサイドの所までやってきて、男が止まって煙草に火を点けるのを一通り見ていたところだった。
 
 
「覚えています」
 
「そのことを誰かに話したことは」
 
「話していません」
 
「誰にも」 
 
「誰とも」
 
「いえ、」
 
 
 ややあって、続ける。
 
 
「瀬都奈とは話をしました。明星瀬都奈とはその日のことを話ました」
 
「なるほど」
 
 
 男は「そうか、それなら良いんだが」と煙草を咥えたまま、煙を狼煙のように続けている。灰を携帯灰皿で処理し、またふか(・・)す。
 
 
「最悪というのは、明星が姿を消したことだ。急を要すると言うのは、このままだと取り返しがつかなくなるということだ。手出しできなくなる。ミサイル事件ごと塗り替えられてしまう。それは我々、つまり現代を生きる人間にとって都合の悪いことだ。今すぐにでも明星を連れ戻し、あのミサイルをなかったことにしなければならない」
 
「えっ。なかった事に?」
 
 
 どういうことだろうか。素直に分からない。
 
 
「いいか。覚悟を決めて聞いてほしい。明星を、あの少女を殺すんだ」
 
 
 佐藤と名乗る男は拳銃を取り出し、こちらへ向けた。僕はただただ絶句した。