2
始まりがあれば終わりがある。
成り行きで始まったこの旅だったが、結局は俺は振り回されただけだったのだろうか。
いや、ジェナのお蔭で十分楽しかったし、このハプニングに感謝したいぐらいだ。
でもなぜ、こんなにも苦しく、切なく、この旅の終わりが悲しいのだろう。
ジェナとの別れは、出会った時からそうなるのはわかっていた事で、覚悟もあったし、今更始まった事じゃない。
それなのに、ものすごくもやもやする。
このままジェナと別れれば、一期一会で終わってしまう、そんな予感がしてならなかった。
なんだか寂しくて仕方がなかった。
ベッドに横たわり、その晩、色んな場所で撮った写真をみていた。
ジェナに撮ってもらった写真に写る俺の表情が、時間が経つにつれ、どんどん豊かになっている。
一緒にジェナと並んで撮った写真の俺は、本当に楽しそうに笑っていた。
ジェナの笑顔も素敵だった。
あまりにも楽し過ぎて、ジェナを傷つけたくないばっかりに、言葉を濁してしまった。
俺はどうすればいいのだろう。
わからないままに夜が明けてしまった。
あまり眠れなかった俺は、ジェナから掛かってきた、部屋の備え付けの電話を受けた時には、すでに身支度を整えていた後だった。
準備ができていたので、俺たちは朝の肌寒い中、出発する。
ジェナは気持ちを切り替えたのか、いつも通り元気に、俺に朝の挨拶をし、前夜の事がなかったように助手席に乗り込む。
一晩寝れば忘れてしまったのか、それとも無理をして元気を装ってるのか、どちらにせよ何事もないように振る舞えるジェナが羨ましかった。
俺の方がいつまでもうじうじとして、わだかまりを持ってよそよそしくなっていた。
それをジェナは見てみぬふりをし、俺に道案内をする。
まるでビジネスのように割り切っている態度は、なんだか却って寂しくもあった。
「ここからは大体一時間半のドライブかな」
ジェナが言った。
「そこには何があるの?」
「そこも飛行機があるんだけど、世界最大の木造格納庫。第二次世界大戦の時に、アメリカ海軍が各地に10あまりの飛行船基地を建設したの。その一つが残ってるんだ。全てが木で造られてるのもすごいし、それが巨大サイズだから、とにかく見事な格納庫。しかも、そこに展示されてある飛行機はほとんど空を飛べる状態で、日本の戦闘機も展示されてる」
「日本の戦闘機?」
「アメリカではオスカーって呼ばれてる。日本名はナカ……ヤマ? ナカ……サムシング」
「ナカジマ」
一式戦闘機『隼』のことだ。
ナカジマと呼ばれるのは開発したのが中島飛行機だからだ。
さほど飛行機に詳しくなくとも、日本の戦時中の戦闘機と聞けば、ゼロ戦と隼くらいは知れ渡っているだろう。
「昨日も飛行機見たところだけど、どうせその近くを通るから、ついでにそれも見た方がいいかなって思って」
日本でも隼を展示している場所は山梨県にある博物館だけだったと、なんとなく聞いた事がある。
それがアメリカにも残ってるなんてすごい。
「その日本の戦闘機は本当に飛べるの?」
「飛べる状態に手入れされてるらしいから、そうなんじゃないかな。興味湧いた?」
「イエス!」
隼に反応した俺は勢いで返事した。
近くまで来たのなら、日本人としてそれは見ておくべきだと思えてならなかった。
気が紛れる何かが現れると、少し気分が収まり、元の状態に戻って行く。
ジェナの計らいは、俺のぎくしゃくに油をさすように滑らかにしてくれた。
それに便乗し、表面上は何もないように振る舞う。
例えそれが一時的なものだとしても、ずっとわだかまっているよりいい。
子供のように駄々をこねたり、大人のように割り切ったりと、ジェナは感情が不安的なときがある。
どっちが本当のジェナなのか、彼女を振り返れば、じっと前を見据えて思いつめていた。
「ん? どうしたの?」
俺の視線に気づくと微笑んだ。
なんて話しかければいいのだろう。
咄嗟にごまかした。
「音楽聴いてもいい?」
「えっ、あっ、もちろんいいよ」
俺はラジオをつけた。
山間で電波が届きにくく、どこをチューニングしても雑音だらけだった。
まさにそれが今のジェナの気持ちを表しているような気がした。
俺は諦めてスイッチを切ると、ジェナは気の毒そうに眉根を下げていた。
いくつかのハイウェイを変更しながら走り、やっと山間から抜けたところで、またあの101号線に来てしまった。
俺が北カリフォルニアからオレゴンに向けて北上してきたハイウェイである。
『ティラモック航空博物館』が見えたところで、ここを通った事を思い出した。
ハイウェイから『Air Museum』と大きく書かれた細長い建物が見える。
まさかあの寂れた巨大なかまぼこ型の建物が、格納庫だとはあの時気が付かなかった。
近くまで行くと、ここも巨大すぎる事に気が付く。
端から端まで歩くだけでも大変そうだ。
ほとんどの飛行機が整備され、まだ飛べるというのにも驚くが、それを保管している建物が全て木でできてることもすごかった。
よくこんなのが戦時中に作られたと思うのと同時、戦時中で鉄がなかったから、木で作るしかなかったのだろうと納得する。
戦時中に作られた格納庫だから、そういう戦争関係の展示も多く、ここは戦いを経験した飛行機が多数あり、勇ましさの陰に悲哀も含まれているように思えた。
そして隼。
日本人の誰がこの飛行機に乗って戦ったのだろう。
その姿を生で見た時、なんだかわけもわからず、ぐっと胸に来るものがあった。
貴重な歴史的な古い資料と、現役にまだ空を飛べる飛行機たち。
かつては戦い、命を奪ったものもあるけど、今は広大な大地で安息している姿が印象的だった。
ジェナがいなければ、本当に素通りしてたから、何も知らずにただ車を走らせてた自分がおろかに思えた。
見えていたのになんだろうと疑問にも思わなかった。
今まで歩んできた自分の人生のようにも思え、なんだか情けない。
これまで必死になって来た事があるだろうか。
ジェナを見れば、展示品に近づき、色々な資料を目を皿のようにして見ていた。
説明文を食い入るように読んでいる。
学校に行かずにホームスクールを選んだくらいだ。
与えられたものだけでは満足いかず、自ら何かを知りたいと常に学ぶ癖がついているのだろう。
俺を求めてくれたジェナを傷つけたくないと、かっこつけたところで、俺はジェナとは釣り合わない劣等感を感じてしまう。
ジェナは祖国を愛し、いいところも悪い所もはっきりと自分の言葉で表現できる。
だが俺は、祖国を蔑ろにし、同じ日本人の前で思い上がって失礼な態度を取り、祖国の事も自分の住んでる土地の事も何も紹介できない。
思わず悲観的になってしまう。
国際人になりたい、他の日本人とは違うんだと意識したところで、その前に土台となる部分が崩れたままだ。
無性に悔しく、腹立たしい。
それとは対照的に、目の前の隼はアメリカの大地でアイディンティティを確立して勇ましく姿をそこにとどめている。
『自分は日本の戦闘機だ』
そんな声が聞こえてきそうだった。
「よほどその戦闘機が好きなのね」
隼の前から暫く動かなかった俺に、ジェナが声を掛けた。
「アメリカで『隼』に会えてよかった」
「ハヤブサっていうの?」
「ああ、隼は英語にしたら『ファルコン』という鳥になる」
「ファルコン!?」
「なんかあるの?」
「私たちが出会った場所も、ケープ・ファルコンだったから、同じ名前だなって思ったの」
「そういえばそうだったね」
何かの縁を感じる。
俺はなかなか隼から目が逸らせなかった。
ジェナも一緒に見ながら、俺の気持ちを汲み取ろうとした。
「この飛行機、日本人にとったら、大切なものなんだろうね」
果たして、日本人にこの飛行機は大切なものなのだろうか。
でも、ほとんどの日本人は自国の戦闘機がアメリカに残ってる事を知らないだろう。
しかもまだ飛べる状態で保管されている。
大切にしてくれてるのはアメリカ人の方かもしれない。
でもそこに刻まれた歴史は日本人にとったら忘れたらいけない大切な事だ。
それはわかってるけど、今の俺にはそんな事も言える立場じゃなかった。
「そうだね」
相槌程度にそう返事すると、ジェナは俺のスマホを手に取って、隼をバックに写真を撮ってくれた。
始まりがあれば終わりがある。
成り行きで始まったこの旅だったが、結局は俺は振り回されただけだったのだろうか。
いや、ジェナのお蔭で十分楽しかったし、このハプニングに感謝したいぐらいだ。
でもなぜ、こんなにも苦しく、切なく、この旅の終わりが悲しいのだろう。
ジェナとの別れは、出会った時からそうなるのはわかっていた事で、覚悟もあったし、今更始まった事じゃない。
それなのに、ものすごくもやもやする。
このままジェナと別れれば、一期一会で終わってしまう、そんな予感がしてならなかった。
なんだか寂しくて仕方がなかった。
ベッドに横たわり、その晩、色んな場所で撮った写真をみていた。
ジェナに撮ってもらった写真に写る俺の表情が、時間が経つにつれ、どんどん豊かになっている。
一緒にジェナと並んで撮った写真の俺は、本当に楽しそうに笑っていた。
ジェナの笑顔も素敵だった。
あまりにも楽し過ぎて、ジェナを傷つけたくないばっかりに、言葉を濁してしまった。
俺はどうすればいいのだろう。
わからないままに夜が明けてしまった。
あまり眠れなかった俺は、ジェナから掛かってきた、部屋の備え付けの電話を受けた時には、すでに身支度を整えていた後だった。
準備ができていたので、俺たちは朝の肌寒い中、出発する。
ジェナは気持ちを切り替えたのか、いつも通り元気に、俺に朝の挨拶をし、前夜の事がなかったように助手席に乗り込む。
一晩寝れば忘れてしまったのか、それとも無理をして元気を装ってるのか、どちらにせよ何事もないように振る舞えるジェナが羨ましかった。
俺の方がいつまでもうじうじとして、わだかまりを持ってよそよそしくなっていた。
それをジェナは見てみぬふりをし、俺に道案内をする。
まるでビジネスのように割り切っている態度は、なんだか却って寂しくもあった。
「ここからは大体一時間半のドライブかな」
ジェナが言った。
「そこには何があるの?」
「そこも飛行機があるんだけど、世界最大の木造格納庫。第二次世界大戦の時に、アメリカ海軍が各地に10あまりの飛行船基地を建設したの。その一つが残ってるんだ。全てが木で造られてるのもすごいし、それが巨大サイズだから、とにかく見事な格納庫。しかも、そこに展示されてある飛行機はほとんど空を飛べる状態で、日本の戦闘機も展示されてる」
「日本の戦闘機?」
「アメリカではオスカーって呼ばれてる。日本名はナカ……ヤマ? ナカ……サムシング」
「ナカジマ」
一式戦闘機『隼』のことだ。
ナカジマと呼ばれるのは開発したのが中島飛行機だからだ。
さほど飛行機に詳しくなくとも、日本の戦時中の戦闘機と聞けば、ゼロ戦と隼くらいは知れ渡っているだろう。
「昨日も飛行機見たところだけど、どうせその近くを通るから、ついでにそれも見た方がいいかなって思って」
日本でも隼を展示している場所は山梨県にある博物館だけだったと、なんとなく聞いた事がある。
それがアメリカにも残ってるなんてすごい。
「その日本の戦闘機は本当に飛べるの?」
「飛べる状態に手入れされてるらしいから、そうなんじゃないかな。興味湧いた?」
「イエス!」
隼に反応した俺は勢いで返事した。
近くまで来たのなら、日本人としてそれは見ておくべきだと思えてならなかった。
気が紛れる何かが現れると、少し気分が収まり、元の状態に戻って行く。
ジェナの計らいは、俺のぎくしゃくに油をさすように滑らかにしてくれた。
それに便乗し、表面上は何もないように振る舞う。
例えそれが一時的なものだとしても、ずっとわだかまっているよりいい。
子供のように駄々をこねたり、大人のように割り切ったりと、ジェナは感情が不安的なときがある。
どっちが本当のジェナなのか、彼女を振り返れば、じっと前を見据えて思いつめていた。
「ん? どうしたの?」
俺の視線に気づくと微笑んだ。
なんて話しかければいいのだろう。
咄嗟にごまかした。
「音楽聴いてもいい?」
「えっ、あっ、もちろんいいよ」
俺はラジオをつけた。
山間で電波が届きにくく、どこをチューニングしても雑音だらけだった。
まさにそれが今のジェナの気持ちを表しているような気がした。
俺は諦めてスイッチを切ると、ジェナは気の毒そうに眉根を下げていた。
いくつかのハイウェイを変更しながら走り、やっと山間から抜けたところで、またあの101号線に来てしまった。
俺が北カリフォルニアからオレゴンに向けて北上してきたハイウェイである。
『ティラモック航空博物館』が見えたところで、ここを通った事を思い出した。
ハイウェイから『Air Museum』と大きく書かれた細長い建物が見える。
まさかあの寂れた巨大なかまぼこ型の建物が、格納庫だとはあの時気が付かなかった。
近くまで行くと、ここも巨大すぎる事に気が付く。
端から端まで歩くだけでも大変そうだ。
ほとんどの飛行機が整備され、まだ飛べるというのにも驚くが、それを保管している建物が全て木でできてることもすごかった。
よくこんなのが戦時中に作られたと思うのと同時、戦時中で鉄がなかったから、木で作るしかなかったのだろうと納得する。
戦時中に作られた格納庫だから、そういう戦争関係の展示も多く、ここは戦いを経験した飛行機が多数あり、勇ましさの陰に悲哀も含まれているように思えた。
そして隼。
日本人の誰がこの飛行機に乗って戦ったのだろう。
その姿を生で見た時、なんだかわけもわからず、ぐっと胸に来るものがあった。
貴重な歴史的な古い資料と、現役にまだ空を飛べる飛行機たち。
かつては戦い、命を奪ったものもあるけど、今は広大な大地で安息している姿が印象的だった。
ジェナがいなければ、本当に素通りしてたから、何も知らずにただ車を走らせてた自分がおろかに思えた。
見えていたのになんだろうと疑問にも思わなかった。
今まで歩んできた自分の人生のようにも思え、なんだか情けない。
これまで必死になって来た事があるだろうか。
ジェナを見れば、展示品に近づき、色々な資料を目を皿のようにして見ていた。
説明文を食い入るように読んでいる。
学校に行かずにホームスクールを選んだくらいだ。
与えられたものだけでは満足いかず、自ら何かを知りたいと常に学ぶ癖がついているのだろう。
俺を求めてくれたジェナを傷つけたくないと、かっこつけたところで、俺はジェナとは釣り合わない劣等感を感じてしまう。
ジェナは祖国を愛し、いいところも悪い所もはっきりと自分の言葉で表現できる。
だが俺は、祖国を蔑ろにし、同じ日本人の前で思い上がって失礼な態度を取り、祖国の事も自分の住んでる土地の事も何も紹介できない。
思わず悲観的になってしまう。
国際人になりたい、他の日本人とは違うんだと意識したところで、その前に土台となる部分が崩れたままだ。
無性に悔しく、腹立たしい。
それとは対照的に、目の前の隼はアメリカの大地でアイディンティティを確立して勇ましく姿をそこにとどめている。
『自分は日本の戦闘機だ』
そんな声が聞こえてきそうだった。
「よほどその戦闘機が好きなのね」
隼の前から暫く動かなかった俺に、ジェナが声を掛けた。
「アメリカで『隼』に会えてよかった」
「ハヤブサっていうの?」
「ああ、隼は英語にしたら『ファルコン』という鳥になる」
「ファルコン!?」
「なんかあるの?」
「私たちが出会った場所も、ケープ・ファルコンだったから、同じ名前だなって思ったの」
「そういえばそうだったね」
何かの縁を感じる。
俺はなかなか隼から目が逸らせなかった。
ジェナも一緒に見ながら、俺の気持ちを汲み取ろうとした。
「この飛行機、日本人にとったら、大切なものなんだろうね」
果たして、日本人にこの飛行機は大切なものなのだろうか。
でも、ほとんどの日本人は自国の戦闘機がアメリカに残ってる事を知らないだろう。
しかもまだ飛べる状態で保管されている。
大切にしてくれてるのはアメリカ人の方かもしれない。
でもそこに刻まれた歴史は日本人にとったら忘れたらいけない大切な事だ。
それはわかってるけど、今の俺にはそんな事も言える立場じゃなかった。
「そうだね」
相槌程度にそう返事すると、ジェナは俺のスマホを手に取って、隼をバックに写真を撮ってくれた。