「どうした」
「被害者がここにいた形跡があります」
 ライトを照らし、足跡や体が擦れた埃と砂の跡を見せた。
「ここから、ひきずるあとがそこの積み上げられたパレットに続いてました。ここで紐をこすりつけたのでしょう。多少の繊維らしきものが落ちています」
 説明を聞きながらロクはその周りを見渡した。荷物が密集して隙間に体が入るスペースがなく、荷物の上にいるようにも見えない。
「もし、縛られていた紐が切れていたとしたら、ここに残っていないとおかしいのですが、被害者はまだ縛られた状態だと考えられます」
「じゃあ、どうやって逃げたというんだ?」
 ロクは呟いた。
「誰かが担いで行ったのかもしれません」
「誰が担いだんだよ。他にも仲間がいるのか?」
 ロクは走ってパトカーの中に拘束されているゴローに詰め寄った。
「お前たちふたり以外にも誰かいたのか?」
 ゴローは首を横に振る。
「じゃあ、だれがミミを」
 ロクの顔から血の気が引いていく。急に寒気がして心底体が冷えていた。ミミが危険に晒されていると考えるだけで、恐ろしく足が震えてくる。
「そんな、嘘だろ、ミミ、一体どこにいったんだよ」
 海禄が後ろからロクを支え、そして車へと連れて助手席に座らせた。ロクはがっくりとうな垂れた。
 後の始末を他の刑事に任せ、海禄はロクを送っていく。
「宇野さん、ミミは一体どこへ消えたというのでしょう」
 ロクが力なく訊いた。
「そうですね、この事件を解決するには斉須ヒフミの力が必要かもしれません」
「あっ、そういえば、俺にメールをくれたんだった。なぜミミがここに拉致されたとわかったんだろう」
「今から真相を聞きにいきましょう」
「宇野さんは斉須ヒフミがどこにいるのかご存知なんですか?」
「はい。私の父ですから」
 海禄はふーっと息をはき、助手席のロクに薄く微笑んだ。
 ロクは驚き、声が喉の奥で反射した。
 ふたりは沈黙したまま車は走行し、街へと帰ってくるとやがてロクもよく知る場所へと到着する。
「先に降りて、中に入って待っていて下さい。車を停めたら私も行きますので」
 ロクは車から降り、暫く目の前の看板の前に佇んだ。
「――喫茶エフ。どうしてここに」
 店のドアには『CLOSED』とサインが出ていたが、ロクが手をかけて押せば、それは抵抗なく開いた。
 カウンターの中で、グラスを拭いていたマスターが顔を上げた。
「これは、これは、いらっしゃい」
「あの、斉須ヒフミ……さんって……」
「逸見ロク!」
 いきなり呼び捨てにされた。
「さて、逸見ロクならこの謎をどう解く?」
 マスターは挑戦状を叩きつけるようにロクを指差す。
「すでに必要なヒントは手に入れているはず。後は逸見ロクがミミの居場所を探し当てるだけ」
「待って下さい。ミミがどこにいるのかご存知なんですか?」
「もちろん」
「だったら教えて下さい」
「どうして?」
 斉須ヒフミはからかうように訊いた。
「どうしてって、普通、拉致されたら助けたいじゃないですか」
 ロクは斉須ヒフミの態度に憤ってしまう。
「本当にミミを助けたいのなら、逸見ロク、お前は自分の人生を賭けないと助けられない」
「自分の人生を賭ける?」
「そう。そうじゃないとミミとはこの先二度と会えなくなるだろう。自分を犠牲にしてまでミミに会いたいか?」
「自分が犠牲になるって、この命を捧げろということですか?」
「そうだ。身も心もミミに捧げられるのか」
「なんでそんな大げさに」
「どうなんだ!」
 その時、ドアが開いて、ロクは振り返った。