6
時刻は三時を過ぎていた。大通りを離れて入り組んだ小道を歩いていると、学校帰りの小学生たちと時々すれ違う。
ミミは小さな子供たちを微笑みながら見ていた。前日会った久太郎の事を考えていた時だった、突然叫ぶ声が聞こえた。
「あっ、魔法使いのお兄ちゃんとお姉ちゃんだ!」
先の方でロクとミミに向かって指を差している男の子がいた。
「あっ、久ちゃん」
ミミが名前を呼ぶと、久太郎は喜んで突進してきた。はあはあと息を切らし声を弾ませる。
「僕を探していたの?」
ワクワクとした気持ちが抑えられず、目が爛々と大きく見開いていた。
「そんなことあるわけないだろ」
ロクが冷めた口調でボソッと口にするのと同時にミミがいった。
「ちょうど久ちゃんのこと考えていたよ。ほんとにまた会えたね。嬉しいな」
「すごい。それもやっぱり魔法なの?」
「うん、そうだよ」
ミミは久太郎が可愛くてつい調子に乗って大げさに言っていた。
「すごいな、だったらさ、僕の消しゴムが今どこにあるか探してくれない?」
「消しゴム?」
「今日ね、知らないうちに消えちゃったんだ。それでね、これから買いに行こうと思うんだ。ちょうどお祖母ちゃんと会う約束しているの。でもさ、魔法で探してくれたら助かるんだけどな」
そうして欲しいといいたげに久太郎はロクを上目使いでちらりと見ていた。
「そんなことできないよ」
ロクは呆れて鼻から息が漏れていた。
「ええ、だって魔法使いでしょ。どこにあるかだけでもわからないの?」
久太郎は口を尖らせて不平っぽくなっていた。
「久ちゃん。消えたときのこと話してくれる。そしたら何かわかるかもしれないから」
ミミはロクに軽く肘鉄を加え、気を遣えと示唆する。
ロクは納得がいかない顔をしていた。
「うんとね、消しゴムが消えていたのは四時間目の授業が始まってからだった。筆箱に入っていると思ってみたらなかったの。落ちたのかなって机や椅子の下を屈んで周りをみたんだけど、みんなの足しかみえなかった」
「四時間目が始まった時に、筆箱を開けたの?」
「ううん、筆箱は休み時間もずっと机の上に置いたままで、蓋は開けたままだった」
「休み時間の時には消しゴムはあった?」
「友達とかたまって話をしてたから、筆箱はみてなかった。でも三時間目のときはちゃんと使ってたから、その時まではあったんだ」
「ちゃんと筆箱に戻したんだね」
「うーんと、どうだろう。入れたかな、それとも机の上に置いたままだったかな。忘れた」
久太郎はその後も「うーん」と唸りながら思い出そうとしていた。
「それって、机から落ちて跳ねて、そして誰かが蹴って思いのほか遠くへ転がって行ったんじゃないか」
ロクが口を挟む。
「あっ、そうだ。思い出した。それでね、四時間目が終わって給食の準備をする前に、葉山さんが言ったの。『落し物箱に消しゴム入ってる』って」
「落し物箱?」
ミミが繰り返した。
「うん、教室の後ろの棚の上に箱があって、落し物があったらそこに入れるの。で、僕が見に行ったらもうなかった」
久太郎の説明は肝心な部分がはっきりせず、ロクとミミはいまいちよくわからなかった。
「おい、その葉山さんは箱を見ながら言ったのか?」
ロクが訊いた。
「すでにその場所から離れて、僕の近くで言ったような気がする」
「それじゃ葉山さんは久ちゃんが消しゴム探しているのを知っていて、わざわざ教えてくれたの?」
とミミ。
「わかんない」
「じゃあなんで、その葉山さんは久太郎の近くでそんな事を言ったんだ」
ロクは疑問を口にする。
「僕の斜め後ろの席なんだ。それで聞こえた」
久太郎が答えた。
ロクは考え込んだ。下校途中の子供たちが何人もじろじろ見ながら過ぎ去り、車や自転車もすっと側を通っていく。中には離れた場所に立ち止まって白々しくロクたちの様子を窺っている女の子もいた。
電柱の側の立ち話は落ち着いて話をする場所でもなく、子供の説明は不十分で疑問がいくつも浮かんでくる。ロクは頭の中でどういう状況か整理しようとする。
「まず、ポイントは消しゴムがいつ消えたかだ。休み時間友達と話しているとき、誰か筆箱を触った奴がいたか?」
「僕、左隣の席を向いてて、そこでみんなで集まってたから、誰も僕の机のものは触れなかった」
「それじゃ、久太郎の机の右側は背中を向けていたということになるな。となると、そのとき、久太郎の机の側を通った奴はいたか?」
「教室はガヤガヤして、いつも誰かが動いているから、多分いたと思うけど、誰かまではわからない」
「自分が机を動かしたり、誰か机にぶつかった奴はいなかったか? それで落ちて転がってしまった可能性だ」
「うーんと、それもなかったと思う。誰かが机にぶつかったらきっと振り向くと思う」
「それなら、消しゴムは事故で落ちた可能性が消えて、誰かが持っていった可能性が高くなるな」
「えっ、誰か、僕の消しゴムを盗っちゃたの?」
久太郎はびっくりしていた。クラスルームで盗難事件がおこるなんて、このくらいの子供にはショッキングに違いない。
「ちょっとまって、もしかしたら、消しゴムが急に要りようになって、黙って借りた可能性だってあるんじゃない。久ちゃんが友達と喋っていて、邪魔するのも 悪いから、つい借りたって事もあるかもよ。それで違うところに置いてしまったとか、返しそびれたとか。その時、久ちゃんの側に誰かいなかった?」
ミミがフォローする。
「うんと、女子たちがいたんじゃないかな。でも消しゴムを使いたかったら、女子の友達のを借りると思う」
久太郎の言い分も最もだった。わざわざ久太郎の消しゴムを黙って借りる理由がない。でもミミはまだ盗難事件にはしたくなかった。
「だけど、その葉山さんは落し物入れに消しゴムが入ってたのを見たんだよね。ということは、落ちたものを誰かが入れたか、黙って借りたけども、返せなくなって落し物入れに入れたかだよね」
「そう考えても、久太郎が見にいったら、すでに箱に消しゴムは入ってなかったから、やっぱり誰かが持っていったことになるぞ」
ロクの言うとおりだった。誰かが持ち出さなければ箱から消えない。
「落し物だから誰のかわからなくて、つい出来心でもっていっちゃったのかな」
ミミは悲しげに久太郎に告げた。
「ううん、あの消しゴムにはボールペンで僕の名前が書いてあるんだ。紙のケースをはずすとそれが見えて、僕のだって判ると思う。もっていくとしたら、まず名前が書かれてないか確認しないかな」
「名前が書かれた消しゴムか」
ロクは呟く。
「だけど、僕の消しゴムが盗まれただなんて、僕はそんな風に思いたくない。やっぱり何かの拍子に箱から飛び出て、それで誰かに蹴られてどこか変なところにはいりこんじゃってるんだと思う。だって、名前の書いてあるものを盗る人いる?」
素直で人を疑う事を知らない久太郎の瞳は澄んでいた。
ミミは思わず久太郎を抱きしめていた。
「久ちゃん、いい子だね」
久太郎は照れていた。
「久太郎君! そこで何してるの?」
ランドセルを背負った女の子がセミロングの髪の毛をなびかせて早足で駆けながら、心配そうに久太郎に声をかけてきた。
「あっ、葉山さん」
「帰り道こっちじゃないよね」
葉山楓は久太郎に抱きついているミミをちらりと怪しく見つめる。しっかりとした利発そうな女の子だ。
「うん、ちょっと用事があったから。そしたら知っている人に会ってお話してたの」
「知っている人? それならよかった。変な人につかまってたらどうしようって思っちゃった」
「大丈夫だよ。でも心配してくれてありがとう」
久太郎が笑うと楓もほっとしていた。
「この女の子は?」
抱きしめていた久太郎から離れたミミは、楓を見つめた。
「同じクラスの葉山さん」
久太郎が紹介すると、楓はお揃いの服を着るミミとロクをきつく交互に見ていた。
「ああ、消しゴムが落し物入れに入っているって言った子か?」
ロクがはっとして楓を見つめる。
時刻は三時を過ぎていた。大通りを離れて入り組んだ小道を歩いていると、学校帰りの小学生たちと時々すれ違う。
ミミは小さな子供たちを微笑みながら見ていた。前日会った久太郎の事を考えていた時だった、突然叫ぶ声が聞こえた。
「あっ、魔法使いのお兄ちゃんとお姉ちゃんだ!」
先の方でロクとミミに向かって指を差している男の子がいた。
「あっ、久ちゃん」
ミミが名前を呼ぶと、久太郎は喜んで突進してきた。はあはあと息を切らし声を弾ませる。
「僕を探していたの?」
ワクワクとした気持ちが抑えられず、目が爛々と大きく見開いていた。
「そんなことあるわけないだろ」
ロクが冷めた口調でボソッと口にするのと同時にミミがいった。
「ちょうど久ちゃんのこと考えていたよ。ほんとにまた会えたね。嬉しいな」
「すごい。それもやっぱり魔法なの?」
「うん、そうだよ」
ミミは久太郎が可愛くてつい調子に乗って大げさに言っていた。
「すごいな、だったらさ、僕の消しゴムが今どこにあるか探してくれない?」
「消しゴム?」
「今日ね、知らないうちに消えちゃったんだ。それでね、これから買いに行こうと思うんだ。ちょうどお祖母ちゃんと会う約束しているの。でもさ、魔法で探してくれたら助かるんだけどな」
そうして欲しいといいたげに久太郎はロクを上目使いでちらりと見ていた。
「そんなことできないよ」
ロクは呆れて鼻から息が漏れていた。
「ええ、だって魔法使いでしょ。どこにあるかだけでもわからないの?」
久太郎は口を尖らせて不平っぽくなっていた。
「久ちゃん。消えたときのこと話してくれる。そしたら何かわかるかもしれないから」
ミミはロクに軽く肘鉄を加え、気を遣えと示唆する。
ロクは納得がいかない顔をしていた。
「うんとね、消しゴムが消えていたのは四時間目の授業が始まってからだった。筆箱に入っていると思ってみたらなかったの。落ちたのかなって机や椅子の下を屈んで周りをみたんだけど、みんなの足しかみえなかった」
「四時間目が始まった時に、筆箱を開けたの?」
「ううん、筆箱は休み時間もずっと机の上に置いたままで、蓋は開けたままだった」
「休み時間の時には消しゴムはあった?」
「友達とかたまって話をしてたから、筆箱はみてなかった。でも三時間目のときはちゃんと使ってたから、その時まではあったんだ」
「ちゃんと筆箱に戻したんだね」
「うーんと、どうだろう。入れたかな、それとも机の上に置いたままだったかな。忘れた」
久太郎はその後も「うーん」と唸りながら思い出そうとしていた。
「それって、机から落ちて跳ねて、そして誰かが蹴って思いのほか遠くへ転がって行ったんじゃないか」
ロクが口を挟む。
「あっ、そうだ。思い出した。それでね、四時間目が終わって給食の準備をする前に、葉山さんが言ったの。『落し物箱に消しゴム入ってる』って」
「落し物箱?」
ミミが繰り返した。
「うん、教室の後ろの棚の上に箱があって、落し物があったらそこに入れるの。で、僕が見に行ったらもうなかった」
久太郎の説明は肝心な部分がはっきりせず、ロクとミミはいまいちよくわからなかった。
「おい、その葉山さんは箱を見ながら言ったのか?」
ロクが訊いた。
「すでにその場所から離れて、僕の近くで言ったような気がする」
「それじゃ葉山さんは久ちゃんが消しゴム探しているのを知っていて、わざわざ教えてくれたの?」
とミミ。
「わかんない」
「じゃあなんで、その葉山さんは久太郎の近くでそんな事を言ったんだ」
ロクは疑問を口にする。
「僕の斜め後ろの席なんだ。それで聞こえた」
久太郎が答えた。
ロクは考え込んだ。下校途中の子供たちが何人もじろじろ見ながら過ぎ去り、車や自転車もすっと側を通っていく。中には離れた場所に立ち止まって白々しくロクたちの様子を窺っている女の子もいた。
電柱の側の立ち話は落ち着いて話をする場所でもなく、子供の説明は不十分で疑問がいくつも浮かんでくる。ロクは頭の中でどういう状況か整理しようとする。
「まず、ポイントは消しゴムがいつ消えたかだ。休み時間友達と話しているとき、誰か筆箱を触った奴がいたか?」
「僕、左隣の席を向いてて、そこでみんなで集まってたから、誰も僕の机のものは触れなかった」
「それじゃ、久太郎の机の右側は背中を向けていたということになるな。となると、そのとき、久太郎の机の側を通った奴はいたか?」
「教室はガヤガヤして、いつも誰かが動いているから、多分いたと思うけど、誰かまではわからない」
「自分が机を動かしたり、誰か机にぶつかった奴はいなかったか? それで落ちて転がってしまった可能性だ」
「うーんと、それもなかったと思う。誰かが机にぶつかったらきっと振り向くと思う」
「それなら、消しゴムは事故で落ちた可能性が消えて、誰かが持っていった可能性が高くなるな」
「えっ、誰か、僕の消しゴムを盗っちゃたの?」
久太郎はびっくりしていた。クラスルームで盗難事件がおこるなんて、このくらいの子供にはショッキングに違いない。
「ちょっとまって、もしかしたら、消しゴムが急に要りようになって、黙って借りた可能性だってあるんじゃない。久ちゃんが友達と喋っていて、邪魔するのも 悪いから、つい借りたって事もあるかもよ。それで違うところに置いてしまったとか、返しそびれたとか。その時、久ちゃんの側に誰かいなかった?」
ミミがフォローする。
「うんと、女子たちがいたんじゃないかな。でも消しゴムを使いたかったら、女子の友達のを借りると思う」
久太郎の言い分も最もだった。わざわざ久太郎の消しゴムを黙って借りる理由がない。でもミミはまだ盗難事件にはしたくなかった。
「だけど、その葉山さんは落し物入れに消しゴムが入ってたのを見たんだよね。ということは、落ちたものを誰かが入れたか、黙って借りたけども、返せなくなって落し物入れに入れたかだよね」
「そう考えても、久太郎が見にいったら、すでに箱に消しゴムは入ってなかったから、やっぱり誰かが持っていったことになるぞ」
ロクの言うとおりだった。誰かが持ち出さなければ箱から消えない。
「落し物だから誰のかわからなくて、つい出来心でもっていっちゃったのかな」
ミミは悲しげに久太郎に告げた。
「ううん、あの消しゴムにはボールペンで僕の名前が書いてあるんだ。紙のケースをはずすとそれが見えて、僕のだって判ると思う。もっていくとしたら、まず名前が書かれてないか確認しないかな」
「名前が書かれた消しゴムか」
ロクは呟く。
「だけど、僕の消しゴムが盗まれただなんて、僕はそんな風に思いたくない。やっぱり何かの拍子に箱から飛び出て、それで誰かに蹴られてどこか変なところにはいりこんじゃってるんだと思う。だって、名前の書いてあるものを盗る人いる?」
素直で人を疑う事を知らない久太郎の瞳は澄んでいた。
ミミは思わず久太郎を抱きしめていた。
「久ちゃん、いい子だね」
久太郎は照れていた。
「久太郎君! そこで何してるの?」
ランドセルを背負った女の子がセミロングの髪の毛をなびかせて早足で駆けながら、心配そうに久太郎に声をかけてきた。
「あっ、葉山さん」
「帰り道こっちじゃないよね」
葉山楓は久太郎に抱きついているミミをちらりと怪しく見つめる。しっかりとした利発そうな女の子だ。
「うん、ちょっと用事があったから。そしたら知っている人に会ってお話してたの」
「知っている人? それならよかった。変な人につかまってたらどうしようって思っちゃった」
「大丈夫だよ。でも心配してくれてありがとう」
久太郎が笑うと楓もほっとしていた。
「この女の子は?」
抱きしめていた久太郎から離れたミミは、楓を見つめた。
「同じクラスの葉山さん」
久太郎が紹介すると、楓はお揃いの服を着るミミとロクをきつく交互に見ていた。
「ああ、消しゴムが落し物入れに入っているって言った子か?」
ロクがはっとして楓を見つめる。