夏の太陽は早起きだ。
まだ朝の7時だというのに、容赦なくコンクリートを照り付けて、じわじわと熱気を誘い出している。
そのおかげですでにTシャツがぐっしょりと湿っている。
今日も暑くなりそうだ。
ターン、ターン、ターン……
硬い地面をバスケットボールがたたきつけると、金属音に似た音が、朝の静けさをびりびりと震わせる。
周辺に立ち並ぶマンションの壁にぶつかりながら、その音はさらに遠くの方まで響いていく。
__あと3本。
フォームを整えて、手首を使って軽くボールを放る。
一寸の狂いもなくゴールネットに滑り込むと、カサっという音が耳に心地よい。
__あと2本。
何回かボールを地面にたたきつけてから構える。
軽く放ったボールは、バックボードにぶつかって、鈍い音と共にネットに吸い込まれる。
ふーっと安堵のため息が漏れる。
__あと1本。
目に入る汗を瞬きでやりすごして、ゴールネットを見つめる。
フォームを整えて、腕の高さや構えを確認して、ふわりとボールを放る。
ボールがスローモーションで、きれいな放物線を描きながらゴールネットを目指す。
カサリ。
バックボードにもリングにもぶつからず、すとんとネットに入り込んだ。
それを見届けて、僕は地面にへなへなと倒れこんだ。
そのまま地面に大の字で寝転ぶと、きれいな青空が一面に広がった。
なんともすがすがしくて、爽やかな朝。
といいたいところだけど、やっぱり暑い。
上からも下からも、じりじりと熱が伝わってきて、耐えられずすぐに起き上がった。
勢いをつけて起き上がった瞬間頭がくらっとして、視界は微かに白んだ。
視界が不安定のままフラフラ立ち上がって、飲み物を取りに自転車のかごに向かおうとした時、自転車の傍らにいる人を見て、僕の動きは止まった。
赤いリボンのついた麦わら帽子。
膝丈まである白いワンピースはノースリーブで、肩の部分には柔らかそうで涼し気なフリルがついている。
二つにくくられた髪の毛は、胸元辺りで毛先がふわふわと踊っている。
白のサンダルについているビーズが太陽の光に反射して、きらっきらっと瞬く。
うだるような暑さの中で、その人が立っている場所だけが涼やかに見えた。
麦わら帽子の下の素顔に、僕はどきりとして思わず息をのんだ。
清楚で可憐な美少女。
その姿は、僕が知っている幼いころの姿とは比べ物にならなかった。
ただ、僕に向けられる微笑みだけは、昔と何も変わらなかった。
背丈や容姿が変わっても、その微笑みだけで、僕にはその人が誰なのかわかった。
「あ」
彼女はそれだけ言って口をつぐんだ。
言葉を慎重に選ぶように、彼女は改めて僕を見て言った。
「柏原、くん?」
久しぶりに聞くその声に、胸がときめく。
だけど放たれたその呼び名に、落胆する。
「桜井、さん?」
僕も彼女と同じように苗字で確認する。
__「舞花」
そうは呼ばなかった。
「久しぶり。柏原君ってはじめわかんなかったよ」
彼女は話しながら、僕の方にゆっくりと近づいてくる。
間近で見る彼女の顔は、最後に会った時の幼い彼女の面影を残していなかった。
顎のラインはすっきりしていて、目元もくっきりしている。
手足もすらりと伸びていて、透き通るような白い肌は、触らなくてもその滑らかさが伝わってくる。
それに、なんだか良い匂いがする。
「すごい背がのびたんだね。髪もこんなに短くして」
確かに昔の僕は背も低くて、小学校低学年まで背の順はいつも一番前か、前から数えたほうが早い位置にいた。
それが四年生辺りからだんだん後ろへ後ろへと移動していった。
以前は髪も長髪ではないにしろ、伸ばしっぱなしにしていた。
前髪はいつも目にかかっていて、その狭い視界の中で生きていた。
そんな重たい髪を、母親が慌てた末に切りすぎたのをきっかけに、すっきり切り落としてスポーツ刈りに変えた。
全体のバランスをとるためにという母親の言い訳によって、目にかかりそうな前髪もバッサリ切って額を出した。
そのおかげで、このほうが視界も良く動きやすいことに気づけた。
その爽快感を知ってからはこの髪型を維持している。
すべて、舞花が引っ越してからのことだから、彼女が知るはずもなかった。
そんな彼女にとっては驚くべきイメチェンだと思う。
僕のことを珍しいものを見るようにまじまじと見つめる彼女の瞳に、僕はどぎまぎした。
僕はただ、彼女に見られるのをじっと動きを止めて待った。