僕は一人病院を出た。

 時刻はまだ5時前なのに、辺りは闇に飲み込まれていた。

 僕は夜に近い景色の中で自分の車を探した。

 車に乗り込んで、エンジンをかけて出発する。

 いつもの行動を、無意識にとる。

 出発させると、次にやるべきことを考えながら車を運転した。

 役所に行って書類を書いて、葬儀の手配もして……

 舞花を亡くして間もないのに、僕の頭は意外と冷静に働いていた。

 30分ほどかけて、自宅のマンション近くにやってきた。

 マンションの駐車場に止めてそのまま家に向かおうとしたけれど、なぜか足がしびれていることに気づいた。

 外の空気を吸って行こうと、無意識に目が自販機とベンチを探し始める。

 煌々と輝く自販機があったのは、マンション近くのあの公園だった。

 僕はその輝きに導かれるようにまっすぐと自販機を目指した。

 向かう途中、ターン、ターンと地面をボールが打つ音が遠くの方から聞こえたような気がした。

 気のせいにして僕は自販機の前に立って千円札を入れる。

 お札が吸い込まれる音に混じる、ターン、ターンという音。

 その音を聞きながら、ホットコーヒーのボタンを押す。

 じゃらじゃらと出てきたお釣りを拾い上げると、僕はその硬貨を何枚か自販機の中に戻していく。

 そして、コーヒーをもう一本買った。


__高校生って、ブラックでいいのかな。


 そんなことをぼうっと考えながら、二本のコーヒーをもって、僕はゆっくりと音のする方に向かった。

 暗闇の中で、数本の街灯にぼうっと照らしだされたバスケットコートの中で動く人影を、僕はぼんやりと見つめた。

 日が暮れて、日中の日差しの温かさなんてどこにも残っていない寒空の下で、薄い長袖カッターシャツの袖をまくり上げて、ただひたすらバスケットゴールと向き合っていた。

 いつの間にかたくましく成長した広い背中。

 その背中に、5年前の記憶を重ねる。

 あの時も、その背中はバスケットゴールと向き合っていた。

 今と同じように。

 違うのはその体つきだ。

 ひょろりとして頼りなかった背丈はぐんと伸びて、棒のようだった腕は筋肉がついてたくましくなった。

 ボールを投げるフォームもさらに安定して美しかった。

 だけどそのボールは、リングにぶつかって跳ね返されてばかりだ。

 リングに届かないときさえある。

 ボールを拾いに行くコンクリートを蹴る足音の中に、荒い息がかすかに漏れ聞こえる。

 ボールを構えて、投げて、取りに行って、もう一度構えて。

 ただその動作の繰り返しだけなのに、妙に息が上がっている。

 そこに震える吐息が時々混ざる。

 僕はその繰り返し運動を、ぼんやりと見ていた。

 何度目かに外したとき、ボールを取りに行く足がもつれて、思い切り倒れこんだ。

 僕は大きく上下するその背中にゆっくりと近づいた。

 そしてその背中に、そっと手を置いた。


「あおい君」


 うなだれていたあおい君は、僕の声にピクリと体で反応した。

 だけど、あおい君は顔を上げないまま、その場で背中を激しく上下させるだけだった。

 僕は彼に寄り添うようにしゃがみ込んで、なるべく落ち着いた声で話しかけた。

 彼の耳にしっかりと届くように。

 それはたぶん、自分にも言い聞かせていんだと思う。

 僕が話している間、あおい君はやっぱり息を荒くしていた。

 僕の話を聞いているだけなのに、あおい君の息はさらに荒々しくなった。

 次第にその息は震えだし、その中に痛々しい声が混じる。

 ぼたっ、ぼたっと、コンクリートを叩くように何かが落ちる。

 それが汗ではなく、涙であることは言うまでもない。


「家まで送るよ。こんな暗い中で投げても、ボールは入らないだろ?」


 僕の言葉に、あおい君はこらえていたものを吐き出すようにむせび泣いた。

 口元から、悲痛な声がはじけ出る。

 動けないでいるあおい君の代わりに、放り出されたように地面に転がっている彼の鞄を拾い上げた。

 そのかばんの上には、舞花と同じ制服のジャケットが置かれていた。

 その時、鞄にぶら下がる定期入れがふと目に入ってきた。

 舞花が持っているものと色違いのものだった。