夕方になって僕たちは帰ることにした。

 パーク全体にオレンジ色の柔らかな光がどこまでも広がっている。

 その光の中に溶け込む舞花の姿は、とても満足げだった。

 少し疲れたのか、目もとろりとしている。

 寄り添い合いながら歩く歩美と舞花の後ろ姿が印象的だった。

 この場面を忘れたくなくて、目に焼き付けた。

 だけど、それでは足りなかった。

 僕は疲れ切った舞花が僕の首にかけたカメラを構えた。

 そして、西日に輝く二人の後ろ姿にピントを合わせた。

 カシャンという軽い音に気づいた二人は、同時にこちらを振り返った。


「お父さん、何してんの?」

「写真、撮っただけ」

「もう、勝手に撮らないでよ。メモリいっぱいなんだから」


「整理すればいいだろ? 何枚も同じの撮ってるんだから。

 それより今せっかく夕日がきれいだし、写真撮るからお母さんと並んで」


「えー、いいよ別に」


 不満げな声を上げる舞花に、「お母さんも舞花と一緒に撮りたいな」と歩美が僕をアシストする。


「自分の写真なんて、あんまり残したくないんだけど」


 微かに聞こえた舞花のボヤキに、僕の胸はぎゅっと締め付けられる。

 それは、歩美も同じだったのか、何気なく見た歩美の表情は硬かった。


「じゃあ、一枚だけだよ」


 そう言って、舞花は歩美とパークを象徴する建物の前に並んだ。

 僕はカメラを構えた。

 肉眼で見る夕日は美しいけれど、いざそれをそのままカメラに収めるとなると難しい。

 パレードの待ち時間に一通りのボタンは触ったので、何とか設定はできた。


「お父さん、早く」


 急かされてもう一度カメラを構える。

 舞花と歩美の顔が遠くに見えた。

 ズーム機能を使って距離を調整する。

 慣れないせいで拡大と縮小を無駄に繰り返す。

 「まだあ?」と言いながら二人は笑う。

 僕はその問いかけには答えないまま、ピントを合わせ続けた。

 本当は、手元のカメラのピントは、とっくに合っていた。

 それなのに、僕はなかなかシャッターを押すことができないでいた。

 カメラからは笑い合う二人の顔が、よく見えた。

 今のカメラは性能が良いんだ。

 僕が知っているカメラとは違うんだ。

 それを、思い知った。

 涙が出そうになるほどに。


 この画面に映る二人は、画面の中とは思えないほどリアルだった。

 実物そのものだった。

 カメラの画質や性能は、これほど進化したのかと驚きたかった。

 だけど、そんなこと思っている余裕はなかった。

 僕の手は、いつの間にか震えていた。

 画面の中の二人をもっと見ていたいのに、目がかすみ始める。


「お父さん?」

「はいはい。じゃあ、撮るよ」


 そういう僕の声も、微かに震えていた。

 僕は二人の笑顔をじっと見つめたまま、ゆっくりとシャッターボタンを押した。

 この瞬間を、しっかりと残そう。

 そんな思いで。

 いや違う。

 このまま、時間が止まってほしい。

 そんな願いを込めて。

 カメラから顔が離せなかった。

 カメラ本体の大きさが、辛うじて僕の顔を隠してくれていた。

 だから僕は、カメラの背後で静かに涙を落とした。

 とめどなく溢れてくる涙をどうにかする方法がわからなくて、僕は思わず「失敗したからもう一枚」と言って、もう一度カメラの後ろに顔を隠す。

 そしてピントを合わせてシャッターボタンを押す。

 それを何度か続けた。

 そのたびに呆れて笑う二人の顔に、僕の涙は誘われる。


「カメラって、便利だな」


 僕は弱々しく笑いながら言った。

 それに舞花が「もう、何今さらそんなこと言ってんの?」と呆れた声で返す。

 そう、僕は今頃カメラの便利さを思い知った。


__だから、カメラなのか? 舞花。


  こうしてそっと、好きな人の顔を見ていられるから?

 
  泣き顔を、見られないように。



 舞花も僕と同じように、カメラ越しに美しい世界を、大好きな人の姿を自分の目にとどめようとしていたんだろうか。

 面と向かって見つめると、泣いてしまうから。

 僕みたいに。  

 カメラ越しだって、こんなにリアルすぎて、泣いてしまうのに。


 
 僕はシャッターを押し続けた。

 失敗か成功かなんてもうわからなかった。

 ただこの瞬間を切り取りたかった。


__そりゃあ、整理なんて、削除なんて、できないよな。

 だって、どんな場面も、どんな風景も、舞花の愛した瞬間なんだから。