公園を見渡しながらゆっくり歩みを進めると、遠くの方からターン、ターンとボールが地面を打つ音がかすかに聞こえてくる。

 その音は、バスケットコートに近づくほど大きくなる。

 バスケットコートと公園は低い生け垣で仕切られている。

 狭くて小さなバスケットコートだ。

 この辺はバスケが盛んで小学生のバスケットボールチームもあったから、バスケをする子は多かったし、バスケットゴールを設置している公園は他にもいくつもあった。

 公園を抜けてバスケットコートに踏み入れると、ゴールと向き合うすらりとした背中が見えた。

 大きめの白いTシャツから伸びる長い腕。

 黒い短パンからはほっそりとした足。

 その長い手足を使って、一心にバスケットリングに向かってボールを投げていた。

 その動きはしなやかで、とても滑らかで、美しかった。

 もちろんボールは、すこんと気持ちいい音を立ててリングに吸い込まれる。

 何度も、何度も、狂いなく。

 とても正確なシュートだ。


 僕たちはその人影にゆっくりと音を立てないように近づいた。

 蝉の声がやけにやかましく、音を立てないように歩いても、その蝉の声が僕たちの存在感をかき消してくれる。
 
 すぐそばまで来て、「あおい君」と舞花がそっと名前を放つと、肩をピクリとさせた。

 舞花が近づくと、ボールを持った腕をおろして慌てた様子で舞花と話し始める。

 そして驚いた表情で、僕と歩美の方を振り返った。

 目が合って、僕の心臓はどきんと鳴った。
 
 この目に出会ったのは、もうずいぶん昔だ。

 だけど僕は、覚えている。
 
 ビー玉のように透き通った瞳。

 あの日、あの台風の日に見た瞳と何も変わらない、彼の瞳。

 その瞳をこちらに向けたまま、あおい君と舞花が近づいてくる。
 
 近づくと分かる、あおい君の背の高さ。

 中学一年生で、僕の身長とほぼ同じくらいの高さだった。

 だから160ちょっとと言ったところだろうか。

 大きめのTシャツを着ているせいもあって、なで肩で華奢な感じがした。

 だけどほんのり小麦色をした肌のおかげで健康的に見えた。

 だけど、腕は棒のように細くて決してたくましくはなく、まだまだ未発達な体つきだった。

 あおい君は僕たちの前に進み出た。

 その顔つきにも、まだ小学生の幼さが残っている。

 あの頃さらさらとした髪質はさらに黒さを増していた。

 長めだった髪の毛はかなりすっきりと切り落とされて、目にかかりそうだった前髪がなくなった分、顔の輪郭もパーツもはっきりと見えた。

 ところどころクシャっとなっているのは寝癖なのか、それともおしゃれなのか。

 とにかくそこにいたのは、僕の知っているあおい君ではなかったし、僕が想像していたあおい君とは明らかに違っていた。

 変わっていないのは、その瞳だけ。


「初めまして」


 初めて聞く声は、まだ声変りが終わっていないのか、よく響く高い声だった。


「柏原、あおいです」


 僕の方をしっかりと見据えたその目に、僕ははっとなって息をするのも忘れ、身動きもとれないでいた。

 むしろ情けないことに少し後ずさった。

 僕はその瞳に刺されたまま、自分が言うべき言葉を見つけられないでいた。

 呆然とたたずむことしかできなかった。

 そんな僕の代わりに歩美が挨拶をした。


「舞花と仲良くしてくれてるみたいで、ありがとう。急に来て、ごめんなさいね」


 初めて話すのに、歩美は妙に落ち着いていた。

 ほんのり頬が紅潮しているのは気のせいだろうか。
 
 初対面の僕たちはそれ以上話すことが見つからなくて、一瞬でも間が開くと気まずさがそこから広がっていく。

 夏の午後の暑さは、こうして立っているだけでもこたえる。

 汗がだらだらと首筋を流れていくのが実に心地悪い。


「こんなところで立ち話もなんだから、どこか涼しいところに入って話さない? 

 あおい君は、この後用事とかあるの?」


「いえ、大丈夫です」


 そうしてあおい君は荷物をまとめて、僕たちと一緒に車に乗り込んだ。