「京都と奈良に行きたい」


 僕たちが期待するような願いがようやく聞けたのは、小学校六年生の十月も終わりの頃だった。

 舞花がそう言った週末に、僕たちは早速泊りがけで京都と奈良に行った。

 いつもなら車で行くところだけど、「新幹線で行きたい」と言う舞花の願いを聞き入れた。


 舞花は小さな冊子を持って歩いた。

 そこに書かれた旅程に添って行動しているようだった。

 それによると、まずは奈良からだった。


 現地ではバスやタクシーを使って観光名所や寺社仏閣を回った。

 あまりにも定番すぎるので、ガイドブックに載っている穴場やレジャー施設を勧めたりもしたけど、舞花はその言葉に魅かれもしなかった。

 ただ自分の持つその冊子に書かれている日程に、忠実に従った。

 旅程の中でも僕が一番印象的だったのは、奈良の東大寺に行ったことだ。

 奈良に行くこと自体、僕は小学校の修学旅行以来だった。

 その時ももちろん東大寺には行ったし、この大きな大仏も目にした。

 だけどあの頃どう思ったか、僕にはもう思い出せない。

 学校の友達と旅行をしていることのワクワク感。

 夜はどんな風に過ごそうかと考えたり、好きな女子の私服姿にドキドキしたり。

 そんな幼い高揚感があったことだけは覚えている。

 この大仏の荘厳さも、その他の寺社仏閣にも、ガイドの話にも興味は持てなかった。

 
 舞花はどんなことを思っているのだろう。

 大仏を真剣な目で見上げる舞花の横顔をちらりと見た。

 小六で、何か感じるものがあるのだろうか、この大仏に。

 僕ももう一度、大仏の顔を見上げた。

 その顔を見ても、何かを願う気にはなれなかった。

 願いは、たくさんあるはずなのに。

 叶う気がしなかった。