「あおいー、ちょっと来てー」


 リビングの方から母親の声が聞こえる。

 台風の影響で公共交通機関が麻痺しているため出勤できないでいるのだ。

 僕はそんな母親の声も聞こえないふりをして目を閉じた。

 だけどすぐにバンっと激しい音を立てて扉が開けられ、母さんはずかずかと部屋に乗り込んできた。


「停電したみたいなんだけど」

「男子中学生の部屋にノックもなしで入るなんて、デリカシーなさすぎ」

「ねえ、ブレーカー見てくれない?」

「話聞いてる?」


 母さんは一旦部屋から出てドアを閉めると、コンコンと軽くノックしたのと同時ぐらいで再びドアを開けて入ってきた。


「停電したみたいなんだけど、ブレーカー見てくれない?」


 母さんはさっきよりも早口で、棒読みするように同じセリフを僕に投げかける。

 僕は重い瞼に押しつぶされたまま、やっぱり重たい口を開いた。


「停電? そんな感じしなかったけど」

「そりゃ電気のついてない部屋で目を閉じてたら気づかないわよ」


 そう言えば、ずっと景色は薄暗い。


「踏み台使えばいいだろ」

「見つからないから頼んでるんじゃない」

「そもそも俺と母さんの身長ってそんなに変わんないんだから、母さんに無理なら俺にも無理だろ」


「いいから早く来なさい」


 ぴしゃりと言って、母さんは僕の部屋からすたすたと出て行く。

 すっと伸びたその背中を、僕は薄目で追った。

 しばらくするとまた「あおいー」という声が遠くから聞こえて、渋々起き上がってブレーカーを見に行った。