もう何本シュートを打っただろう。
こんなに連続でシュートを入れたのは初めてだった。
僕の先攻で始まったこの勝負を、体育館にいた人たちが見守っていた。
部活のメンバーも、次に体育館を使うはずのバレー部も。
それを聞きつけた外で活動している運動部も、校舎にいた全然関係ない人も集まってきて、体育館にはいつの間にか人だかりができていた。
勝負が始まってすぐは、シュートが決まるたびにどっと歓声が上がった。
だけど、それもいつの間にか聞こえなくなった。
体育館の空気は異様なくらい張りつめていて、誰も何も言える空気ではなかった。
体育館の中は、巨大扇風機が何台か回っているけれど、そこから流れてくるのは無機質なブーンという機械音と、生暖かい風だけだ。
通常の汗なのか冷や汗なのか、もはや自分でもわからない汗が体中のいたるところから流れ落ちてくる。
僕たちは無言のまま、かわるがわるシュートを打ち続けた。
ボールを構えてゴールに向かって投げる。
ただそれだけなのに、僕も俊平も息が上がっていた。
ここまできて、俊平にも余裕がないと見える。
どんな時でも崩れることのないフォームは、少しずつ乱れ始めている。
一方の僕の余裕は、当然すでに限界を超えている。
はじめから余裕なんて、ないのだから。
あとは、どちらかの集中力が切れたら、そこで終了だ。
ゴールネットにボールが無事吸い込まれるたびに、震える吐息がどっと漏れた。
「おまえ、シュートいつの間にそんなに上手くなったんだよ?」
無理に余裕な笑みを作って軽口をたたきながら、俊平は僕と立ち位置を交代した。
「おまえ、別にとか言って、本気じゃん。舞花ちゃんのこと」
二、三度ボールを床に打ち付けてからボールを構えた俊平は、真剣な目でゴールを見据えた。
リズミカルに放たれたボールはバックボードに当たったものの、まるで計算されたようにそのままネットに落ちていく。
立ち位置の交代ざまに、俊平が僕の肩に手を置いてぽつりと言った。
「でも、俺も本気だから、舞花のこと」
その言葉に、その呼び名に、僕の体の奥底の方から、静かな感情がひしひしと込み上げてくるのが分かった。
「呼ぶな」
「え?」
「舞花って、呼ぶな」
「なんだ……」
「舞花って呼んでいいのは、俺だけだ」
僕の声は、体育館に微かに響いた。
その残響を肌で感じながら、僕はいつも通りボールを構えた。
だけどその腕を一回おろして、ボールを持ち替えた。
そして片手でボールをつかんで、振りかぶった。
そのまま何も考えずに、ボールを力強くを放った。
フォームもゴールまでの距離感も、集中力も、何も考えずに、ただボールを、ゴールに向かって投げつけた。
そのボールは先ほどの俊平のボール同様、バックボードにぶつかって、それから、見事ネットに入った。
それにはさすがに周りの群衆からも声が上がった。
歓声というより、感心するような「おお……」という声が体育館にうごめく。
入れた本人の僕でさえ、驚いた。
だけど次の瞬間には、はーっと安堵の息が漏れた。
本当はその場にへなへなと崩れ落ちたいところだけど、そうなるのを足に力を込めて何とかやり過ごした。
僕のシュートを見ていた俊平は、静かにボールを持った。
そして一瞬いつもの美しいフォームを作ったけれど、すぐにボールをおろした。
そうかと思うと、僕と同じようにボールを片手に持って、そのまま力の限りボールをゴールに向かって投げた。
僕が投げたときよりスピード感のあるボールは、リングにあたって跳ね上がり、そのまま、落ちていった。
ボールはバウンドしながら体育館の端に転がっていく。
体育館には、そのボールが小さくバウンドを繰り返す音しか響かない。
僕も、周りの人だかりも、そのボールの行方を追っていた。
その静けさを打ち破るように、「はあ」という大きなため息が俊平の口から洩れた。
「あー、もう入るわけないし、こんな投げ方で。
てか何であおいは入るんだよ」
俊平はその場に後ろ手をついて座り込み、天井に向かって言葉を吐き捨てる。
そうかと思ったら、鋭い視線を僕の方にきっと向けて尋ねた。
「何なんだよ、あのシュート」
まるで納得のいっていない不満げな顔をしていた。
その質問に、僕は口をつぐんだ。
__僕はただ……
何も答えない僕に、しばらくしてから俊平は笑いを含んだため息を思い切り吐きかける。
「はあ……俺がまともに投げてたら、俺が勝ってたのになあ」
「……だったら、おまえはまともに投げたらよかったじゃん」
極度の緊張状態からの解放感と、勝負を終えられた安心感でその声は震えていた。
僕の心臓は、まだドクドクとうるさくなっていた。
俊平は目を伏せて、ぽつりと言った。
「ふん、あおいにだけイイカッコさせたくないからな。
それに、あそこで俺がまともに投げたら、フェアじゃないだろ」
俊平の横顔は、どこか切なげで、すごく大人びて見えた。
だけどその表情を緩めてこちらに視線を戻したときには、いつもの軽い調子の声で言った。
「だって俺、絶対シュート決めてたしな」
自信満々なセリフがちょっと癪に障って、僕は思わず顔をしかめた。
俊平は胡坐をかきなおして僕に尋ねる。
「なあ、もし入んなかったら、どうするつもりだったんだ?」
その質問に、何と答えたら俊平は納得するだろう。
その答えを聞いたら、きっと俊平は、怒るだろう。
__だって、僕はただ……
「俺はただ……」
「……」
「俺は、俊平みたいにかっこよくないから」
「……は?」
俊平はあからさまに怪訝な顔をして僕を見ていた。
だけど僕はそれ以上は何も言わず、俊平に背を向けて荷物を取りに歩き出した。
「おまえさあ……」
呼び止められたわけでもないのに、僕はその声に足を止めた。
「おまえ……、相当シュート練習しただろう」
首だけ後ろに向けると、俊平の意地悪そうな微笑みがちらりと見えた。
そうだ。
僕は、ずっと一人でシュートの練習をしていた。
舞花が転校していった、あの時からずっと。