笛が鳴って集合がかかった。

 今から学年別で簡単なゲームをする。

 一年から順に試合を始めていくので、僕は小走りで自分のポジションに着く。

 その時、一瞬舞花の方をちらりと見た。

 その時、舞花は僕にガッツポーズを送った。

 その姿に違う意味でどきりとした。


__目立たないようにって、言ったのに。


 そう思いながらも、僕の口元はだらしなく緩む。

 それからは、僕の意識はボールではなく、舞花にだけ向けられていた。

 いつもよりも早く足が動いた。

 いつもよりもドリブルする手に力が入った。

 積極的にシュートを決めていった。

 成功率はいつも以上だった。


「あおい、今日調子いいなあ」 


 先輩に声をかけられて、僕は照れ隠しも含めて「はあ……」とだけ返事をした。

 調子が良くて当然だ。

 だって、好きな人がこんなに近くで、僕を見ててくれてるんだから。

 ぼくはただ、カッコよくありたかった。

 舞花の前で、かっこいい自分でいたかった。

 かっこいい自分を見せたかった。

 どんな自分がかっこいいかわからないけど。

 シュートを決めるたびに舞花の表情を確認しては、僕は満足な笑みを返した。

 舞花が自分のことのように嬉しそうにしている姿が、愛おしくてたまらなかった。

 その姿をずっと見ていたかった。


__舞花もここにいたら、毎日こんな風だったのかな。

  ずっとこうなら、いいのに。


 そんな思いに切なくなりながら、僕はコートの中をいつも以上に大きく駆け回った。

 15分の短いゲームが終わって二年生と交代しようと、一年生はぞくぞくと体育館の隅にはけていく。

 その途中、耳に入った言葉に僕の爽快感のある汗は、一気に冷や汗に変わった。


「あそこにいる女子、一年? 超かわいいんだけど」

「誰かの彼女?」


 その声の主たちの視線の先にいたのは、僕の予想通り、舞花だった。

 それを知らない舞花は、僕と目が合って呑気に小さく手を振っている。


「え? 誰? 誰に手振ってる?」

「あんな子うちの学校にいた?」


 ざわめきはどんどん広がっていく。


「おーい、次のゲーム始めるぞ」


 三年生の先輩の声で、ようやく声が収まり、僕は胸をなでおろした。

 それも束の間だった。


「なあ、あれって、桜井さんだよな?」


 その声に、僕の血の気が一気に引いていく。


「なあ、あおい」


 僕はその声を無視した。

 だけど、その声はしぶとく僕に詰め寄る。


「舞花ちゃんだろ?」


 僕は声の方をちらりと見た。

 俊平がきょとんとした顔を僕に向けて、舞花の方を指さしている。

 僕は指先の方を一瞬だけ見てすぐに視線を外した。


「そんなわけないじゃん。だいたいうちの学校、服装規定厳しいし」

「そうだけど……」

「もういいじゃん、早く次のゲームの準備するぞ」

「次のゲームの準備って何だよ」


 それは、僕にもわからない。

 俊平の意識を舞花から遠ざけるために何か言わなくてはと思って咄嗟に出た言葉だ。


「いいから、パス練習付き合えよ」


「はいはい」と言ってへらへらと笑いながら僕のあとを追いかけてくる俊平を、僕は苦々しく思った。