初めてやってくる中学に、舞花は目を輝かせた。

 僕にとってはいつもの学校だけど、こうして体操服姿の舞花と並んで歩いているというだけで、なんだか新鮮というか、やっぱり不思議な気持ちだった。
 
 教室が並ぶ廊下や渡り廊下を二人でゆっくりと歩いた。

 夏休みだから校舎内に人はほとんどいなくて、舞花がこうして侵入していてもバレそうになかった。

 しんとした廊下には、窓の外の遠くの方から蝉の声だけが響き渡る。

 僕の教室を覗いて、席の合間を縫いながら舞花は学校生活について僕に聞いた。

 隣同士の席に座ってひそひそと話し合う時間は、まるで保育園のときの給食みたいだった。

 僕たちは、朝練が始まるまでのほんの数分を、校舎内をゆっくりと見学して回った。

 そして舞花はそのほんの数分の間に、この学校の風景にも空気にもすっかり馴染んでいた。

 まるで、はじめからここの生徒だったように。

 だけど、もうすぐ朝練が始まる時間が迫ってきたとき、舞花はぽつりと言った。


「本当は、ここに通うはずだったんだよねえ」


 しみじみとそう言いながら、そびえたつ校舎を仰ぎ見た。

 寂しそうなその表情に、胸がぎゅっとなる。

 だけど舞花はすぐにその表情を変えて言った。


「でも今日は、柏原君と同じ中学の生徒になったみたいで嬉しかったよ。

 ほんとありがとう」
 

 その笑顔に、僕は先ほどまでの舞花の寂しげな表情をもう思い出せなくなっていた。

 だって、僕も舞花と同じ気持ちだから。


「ねえ……」


 満足そうな舞花の、甘ったるい声が悪戯っぽく漏れる。


「朝練も見ていっちゃダメ?」


 上目遣いで懇願する舞花に、僕の顔が一気に火照った。

 本当はダメだってわかってる。

 今は人があまりいなかったからバレなくて済んだけど、体育館に行けば一気に人が増える。

 舞花のことを知っている人だっている。

 だけど僕は、たぶん油断してたんだ。

 体操服姿の舞花が、あまりにもこの学校に馴染んでいたから。

 本当に、同じ中学の生徒のような感覚になったから。

 体操服姿の舞花に、頭が混乱していたんだ。


__当たり前じゃん。


 心の中の自分が、余裕そうにそう言った。


「いいけど、目立たないように端の方にいろよ」

「うんうん。大丈夫」


 子犬が尻尾を振るように喜ぶ舞花に、僕の頬も自然と緩んだ。