「わあ、懐かしいね」
どこにでもあるような信号、コンビニ、郵便局。
何の変哲もない道、石垣、標識。
舞花は終始感嘆の声を上げた。
あの道で何があったとか、あの店のおばさんは昔どうだったとか、ここは通学路だったとか。
僕にとっては懐かしくもなんともなくて、一体舞花が何に対して懐かしいと言っているのかわからなかった。
正確には、そこまで意識が回らなかった。
肩に乗せられた舞花の手と自転車の後ろに感じる重み、後ろから聞こえてくる舞花のはしゃぐ声。
そして、時々背中をこする、舞花の胸のふくらみ。
舞花の思い出話どころではなかった。
僕たちがまずやってきたのは保育園だった。
久しぶりの保育園の園庭は当たり前だけど昔より狭く、遊具も小さく感じる。
園庭の端にある砂場が僕たちの遊び場だった。
そこから見る園舎はるか遠く、とても大きな建物に見えていた。
もう園児たちが登園してきていて、自分たちもあんなに小さかったのかと驚いた。
次に向かったのは小学校だった。
もちろん校舎の中にも校内にも入れないんだけど、外周からのぞく学校の様子は少しも変わっていない。
ほんの数か月前まで在籍していた僕にとってはほんと何の変化もないんだけど、もうこの敷地内に入れないというだけで、なんだか寂しさがこみあげてくる。
一方の舞花は、街並みを見たときのはしゃぎ方とは一転、静かに学校を見つめていた。
何も言わなかったし、草木が生い茂る隙間から見える校内を、じーっと隅々まで目を凝らして見ているようだった。
僕ももう一度、学校の全体を見渡した。
僕と舞花は、ここで3年間共に過ごした。
舞花にとっては、3年ぶりの小学校か。
舞花は小四になる前に転校していった。
そのことを知ったのは、舞花が転校する二週間前だった。
舞花はそんなこと、一言も言わなかった。
そりゃそうだ。
その頃の僕たちは、あまり話さなくなっていたからだ。
ほんと些細な理由で、僕たちの関係はぎくしゃくしてしまった。
それはきっと、全部、僕のせい。