――お骨上げまで無事に済み、僕が社用車で絢乃さんたち親子をお宅まで送っていくこととなった。
その車中で、絢乃さんが会長に就任されてからの送迎を義母・加奈子さんから依頼された(「命じられた」と言ったら義母がお怒りになるのだ)僕は、それを二つ返事で快諾した。
絢乃さんが通われていた学校は八王子にあり、丸ノ内まで電車で通われるとなると時間もかかるし大変だから、という事情に僕も納得したわけである。交通費の心配はないのだろうが……。
絢乃さん自身は「大変でも電車通勤する」と固辞され、お義母さまの提案を渋っていたが、それはそこまで甘えてしまっては僕に申し訳ないという彼女の気遣いからだったので、最後には「お願いします」としおらしく折れて下さった。
僕もその方が安心だった。長距離の電車通勤の途中、もしものことがあったら僕は秘書としても、彼女を想い慕う男としても生きていけなかっただろう。
彼女の会長就任がかかった緊急取締役会は、その日の二日後に召集されることが決まっていた。
当日は土曜日だったが、僕は休日出勤をすることにしていた。その時の僕はもう総務課の人間ではなく、秘書室の一員である。まだ事実上ではあったが。そして、彼女の会長就任をもって、僕も正式に秘書室所属となることになっていた。
「――桐島さん、今日は本当にありがとう。じゃあ明後日、またお願いします。お疲れさま」
社用車を降りた絢乃さんは、優しく僕を労って下さった。骨壺とお義父さまの遺影を抱えたお二人がゲートをくぐるのを見届け、僕は一度会社に戻った。自分の持ち車が会社の地下駐車場に停めたままになっていたのだ。それに、社用車を返却しなくてはならなかった。
「――ただいま……、あれ? 開いてる」
アパートへ帰り着いた頃には、夕方六時を過ぎていた。玄関ドアのカギを開けようとすると、すでに誰かに開けられていた。
ひとり暮らしなのに不可解だと思われるだろうが、ウチに限っては日常茶飯事の光景である。何せ、実家の家族全員が合いカギを持っていたのだから。
「おかえりー、貢! お疲れさん」
ドアを中から開けたのは兄だった。この日はバイトが夕方までのシフトだったので、僕の部屋に上がりこんでいたようだ。その年のわりには屈託のない笑顔に、どこかホッとしている自分がいた。
「ただいま、兄貴。疲れたぁ!」
「あー、待て待て! 家ん中入る前に、後ろ向け後ろ。清めの塩かけてやるから」
「……おう」
葬儀に参列した後は、体に塩をかけておかないと死者の霊がついて来るらしい。兄はあっけらかんとしているように見えて、冠婚葬祭にはけっこううるさいのだ。なので、この時も律儀にしきたりを守っていた。
その車中で、絢乃さんが会長に就任されてからの送迎を義母・加奈子さんから依頼された(「命じられた」と言ったら義母がお怒りになるのだ)僕は、それを二つ返事で快諾した。
絢乃さんが通われていた学校は八王子にあり、丸ノ内まで電車で通われるとなると時間もかかるし大変だから、という事情に僕も納得したわけである。交通費の心配はないのだろうが……。
絢乃さん自身は「大変でも電車通勤する」と固辞され、お義母さまの提案を渋っていたが、それはそこまで甘えてしまっては僕に申し訳ないという彼女の気遣いからだったので、最後には「お願いします」としおらしく折れて下さった。
僕もその方が安心だった。長距離の電車通勤の途中、もしものことがあったら僕は秘書としても、彼女を想い慕う男としても生きていけなかっただろう。
彼女の会長就任がかかった緊急取締役会は、その日の二日後に召集されることが決まっていた。
当日は土曜日だったが、僕は休日出勤をすることにしていた。その時の僕はもう総務課の人間ではなく、秘書室の一員である。まだ事実上ではあったが。そして、彼女の会長就任をもって、僕も正式に秘書室所属となることになっていた。
「――桐島さん、今日は本当にありがとう。じゃあ明後日、またお願いします。お疲れさま」
社用車を降りた絢乃さんは、優しく僕を労って下さった。骨壺とお義父さまの遺影を抱えたお二人がゲートをくぐるのを見届け、僕は一度会社に戻った。自分の持ち車が会社の地下駐車場に停めたままになっていたのだ。それに、社用車を返却しなくてはならなかった。
「――ただいま……、あれ? 開いてる」
アパートへ帰り着いた頃には、夕方六時を過ぎていた。玄関ドアのカギを開けようとすると、すでに誰かに開けられていた。
ひとり暮らしなのに不可解だと思われるだろうが、ウチに限っては日常茶飯事の光景である。何せ、実家の家族全員が合いカギを持っていたのだから。
「おかえりー、貢! お疲れさん」
ドアを中から開けたのは兄だった。この日はバイトが夕方までのシフトだったので、僕の部屋に上がりこんでいたようだ。その年のわりには屈託のない笑顔に、どこかホッとしている自分がいた。
「ただいま、兄貴。疲れたぁ!」
「あー、待て待て! 家ん中入る前に、後ろ向け後ろ。清めの塩かけてやるから」
「……おう」
葬儀に参列した後は、体に塩をかけておかないと死者の霊がついて来るらしい。兄はあっけらかんとしているように見えて、冠婚葬祭にはけっこううるさいのだ。なので、この時も律儀にしきたりを守っていた。