彼女の視線が僕から外れると、今度はそっと彼女の服装を窺ってみた。

 喪服というのは、女性を五割増しで美しく見せるらしい。たとえ着ているのが十代の女の子だとしても、だ。
 大人っぽいデザインの黒いフォーマルワンピースを身にまとった絢乃さんは、凛々しい表情も相まって普段よりぐっと大人に見えた。とても父親を若くして亡くした女子高生とは思えない色香を放っていて、彼女に恋をしていた僕は密かにドキッとしていた。

 喪主を務めていた加奈子さんも、黒の和装ではなくシックな黒のパンツスーツ姿で当主の風格が漂っており、こちらはこちらで普段の()(ぼう)がさらに引き立っていた。

 やがて二人もホール内へ入っていき、葬儀・告別式の開始時間となったので、僕たち総務課の社員も参列者に加わった。

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 ――源一会長の葬儀は仏前式でもキリスト教式でもなく、一般的な(けん)()式で行われた。これは篠沢家が無宗教だからであり、喪主である加奈子さんの意向でそう決まったのだ。

 〝社葬〟というだけあり、弔問客は篠沢商事の社員・役員が半数以上。あとはその家族と、おそらくはグループの方の役員や篠沢家の親族といったところだろうか。里歩さんは式の間ずっと、絢乃さんの隣に座って彼女を励まし続けていた。

 僕たち総務課社員は最初の方に献花をさせてもらい、ホールの隅に固まって立ったままで過ごしていたのだが。親族席の様子がどうもおかしいことに気づいた。
 そこに座っていた人たち、主にグループ内企業の役員と思われる男性たち数人が、加奈子さんと絢乃さんをすごい形相(ぎょうそう)(にら)みつけていたのだ。そしてその鋭い視線に、二人はまったく気づいていなかった。……いや、もしかしたら気づかないフリをしていただけなのかもしれないが。

 一体何なんだ、あの人たち? ……追悼の場とは思えない物々しい空気に、僕は眉をひそめた。そして、すぐにピンときた。彼らはきっと、絢乃さんが次期会長に決まったことが不満なのではないか、と。
 源一会長がお書きになった遺言状は、その前夜に弁護士の手で、親族に内容が公開されたらしいと絢乃さんから聞いていた。あの人たちはその内容に納得していなかったのだ。
 だからといって、死者を冒涜するようなことはしてほしくない。ましてや、絢乃さんたち母娘(おやこ)を恨むなんてお(かど)違いも(はなは)だしい。お決めになったのは源一会長なのだ。

 ――絢乃さんのことは、僕が全力で守らなければ。そう決意した。それが僕にとって本当の、総務課最後の仕事となるのなら……と。