『……貴方の言ったとおりだと思う。わたし、無意識にママに気を遣ってるのかも。――でも、今は泣かない』

「どうしてですか?」

 僕は首を傾げた。というか、「今は」というのはどういうことだろうか?

『泣くのは今じゃないから。パパが旅立った時に、思いっきり泣きたいから。だからその時までは、涙を取っておきたいの』

「はぁ」

 まるで昭和のアイドルの歌のようなことを彼女は言ったが、気持ちは何となく分かったので僕は頷いた。
 それは彼女の持ち前の芯の強さからなのか、単に強がっていただけなのかは僕には分からなかったが、もしかしたら彼女なりのプライドだったのかもしれない。

「……分かりました。ただ、泣き言をおっしゃりたい時には、遠慮なさらずにいつでもお電話下さいね。僕も明日で仕事納めなので、できるだけお付き合いしますから」

『うん。わざわざ心配して、電話くれてありがと。もし……、もしパパにまた何かあったら知らせるわ』

「はい。じゃ、失礼します」

 僕は通話を終えるとスマホの電源を切った。すでに午後一時を回っていたが、すぐに仕事に戻る気にはなれなかった。

 絢乃さんが今、ご自身の中の悲しみと必死に闘っていらっしゃるのだ。――そう思うだけで、あんな傍若無人な上司の言いなりになっていたことがだんだん馬鹿らしく思えてきた。
 どうせもうすぐ異動するのだから、もう僕に怖いものなんてなかった。何を言われたところで、同期の久保には申し訳ないが、構う知ったこっちゃなかった。

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 ――()()()がやって来たのは、新しい年を迎えて三日目のことだった。

『――桐島さん。……父が、ついさっき息を引き取りました』

 僕が通話ボタンをタップすると、彼女は涙声で僕にそう告げた。
 よっぽどショックが大きかったのだろう。普段はお父さまのことを「パパ」と呼んでいた彼女が、改まって「父」と言っていた。

「そう……ですか」

 でも、彼女が大泣きすることはなく、僕は二の句を継げずにいた。

『ホントは貴方に真っ先に電話して、思いっきり泣こうと思ってたんだけど……。先に里歩に電話して大泣きしたから、ちょっと落ち着いた……かな』

「……そうなんですね」

 少し吹っ切れたように、彼女の声が微妙に明るくなったので僕は安心した。いちばん悲しい時、つらい時、真っ先に電話して思いっきり泣ける相手がいるのはいいことだ。そういう意味で、彼女はいい親友に恵まれたと思う。
 ただ、みっともないことに、僕は里歩さんにちょっとばかり嫉妬してもいた。絢乃さんがいちばん弱い部分を見せられる相手が、僕ではなかったことに対して。