「だからね、……たとえばの話、貴方もわたしのお婿さんの候補に十分当てはまるってこと」

 次の瞬間、彼女の何気ないこの一言で、僕の思考はフリーズしてしまった。もしや、彼女も僕に好意を持ってくれているのかとも思ったが、現実的な理由は多分これだろうと勝手に解釈し、勝手に納得していた。

「……それって、僕も次男だからってことですか?」

 確かに、僕は次男である。家を継ぐ必要もないし、そもそも桐島家は継ぐような家柄でもない。兄だって継ぐ気はさらさらないだろう。
 でも、きっと僕は彼女の婿候補の一人でしかなく、もっと立派な別の家柄の次男が彼女のハートを射止めることになるのだろうと、彼女の気持ちをまだ知らなかった僕は思っていた。……のだが。

「そうよ」

 頷いた彼女の口調には、若干の熱が込められているような気がした。この返事には、もっと深い意味があるのかもしれない。そう考えると、僕は勘違いかもと思いつつもつい嬉しくなってしまい、顔がニヤけてしまうのを抑えられなかった。
 
「そうなんですね……」

 そんな僕の表情をまじまじと眺める彼女と目が合ったような気がして、僕は決まりが悪くなったので慌てて車外の道路標識へ視線を逃がした。
 ちょうど()()寿()に差し掛かろうとしていた頃で、彼女がクラッチバッグからスマホを取り出し、僕に断りを入れてきた。

「――ゴメンなさい、桐島さん。ちょっと電話かけてもいい?」

「ああ、お母さまにですよね。どうぞ。お家で心配なさってるでしょうし」

 いくら加奈子さん本人が僕に「絢乃さんを家まで送ってきてほしい」と頼んだといっても、やっぱり母親としてはお年頃のお嬢さんがこんな夜遅くに――もう九時半になろうとしていた――、男と二人きりだというのは心配すべき状況だったろう。
 もちろん、僕が〝送り(おおかみ)〟になる危険性は極めて低かったが(ゼロだと言えない自分が情けない)、それでも彼女がキチンとお家に連絡を入れてくれるだけで、僕の方も安心できた。それだけで、僕も理性をどうにかセーブできるからである。

 絢乃さんは僕にお礼を言ってから、電話をかけ始めた。どうやら発信した番号はお家の固定電話ではなく、加奈子さんの携帯の番号らしかった。
 彼女はお母さまに「ありがとう」と言ってから、今は恵比寿のあたりにいると答えていた。多分、「今どこにいるの?」と訊かれたのだろう。そしてお礼を言ったのは、パーティーの閉会宣言という大役を無事に終えたことを労われたからだろう。