そんな僕の本心を知ってか知らずか(いや、多分知らなかっただろうが)、彼女は嬉しそうに僕にお礼を言った。

「ありがとう! それ聞いたら、きっとパパも喜ぶと思うわ」

 源一会長も、総務課でのパワハラ問題についてはご存じなかったらしい。でも、自社の社員が自分の経営する企業を褒めてくれるというのは、トップとしても喜ばしいことだと思う。
「愛社精神」というのはトップが社員に押し付けるものではなく、社員一人一人の心に自然と芽生えてくるものだ。そういう意味でも、この会社は優良ホワイト企業であると断言できる。
 
「会社やグループのみんな、源一会長のことが大好きなんですね。だからこうして、毎年会長のお誕生日に会社のイベントとしてパーティーを開催してるんですよね」

 会社の行事として、経営者の誕生日が祝われる企業はそうそうないだろう。……まあ、経費のムダ遣いという部分は否めないが、そこを差し引いても源一会長がそれだけ社員みんなから愛されていたことの証明にはなったはずである。
 絢乃さんは、会長に就任されてからそのことをキッパリ断言され、このイベントを廃止されたが、それでも社員が彼女を会長として慕う気持ちは変わっていないはずだ。
 
「うん……。でも多分、パパの誕生パーティーは今年が最後になると思う」

 僕の言葉を聞いた彼女は、悲しそうにそう言って俯いた。きっと彼女なりに、過酷な現実を必死に受け止めようとしていたのだろう。
 けれど、僕は何だかいけないことを言ってしまったような、非常に申し訳ない気持ちで心が痛んでいた。そのせいか、車内にはしばらくの間、気まずい空気が流れていた。

 ……どうにかこの空気を変えられないものか。僕は脳をフル回転させ、この重い話題とは真逆の話題を振ることにした。

「――あの。絢乃さん、一人娘なんですよね? ご結婚相手に制約とか、条件なんてあったりするんですか?」

 父親が重病かもしれないという深刻な時に、それも当時はまだ高校生だった相手に結婚の話題を振るのは血迷ったとしか言いようがないのだが、彼女の気を紛らわせるショック療法にはなったようだ。

「ええっ!? 急に……そんなこと訊かれても……」

 彼女はリアクションに困っていたが、「こんな時に不謹慎な」と怒られることはなかった。一生懸命考えながら、僕の質問に答えてくれた。僕の作戦は大当たりしたのだ。

「えーっと、制約は……特にはないの。どんな職業でも、どれくらいの年収でも、年がどれだけ離れてても問題はないの。常識の範囲内なら。……ただ、コレだけは絶対に譲れないっていう条件が一つだけあるわ」

 篠沢家というのは、名家のわりに開けた家系のようだ。相手の年齢はもちろんのこと、職業や年収にも(しば)りがないとは。ほとんど「来るもの拒まず」のようだったが、最後に彼女が言った〝条件〟というのが僕は気になった。