とはいうものの、息子というものは、自分の父親のことを面と向かって褒められるのは気恥ずかしいものだ。……なので。

「そうですかねぇ……。ありがとうございます」

 僕は照れ隠しのため、あえてぶっきらぼうにお礼を言った。万が一にも彼女から〝ファザコン〟だと思われたくなかったというのも、まぁなくもなかったが。

「――桐島さんは、お父さまと同じように銀行に就職しようとは思わなかったの? もちろん、篠沢に入社してくれたことは嬉しいけど」

 彼女は、僕が父のことをこれだけ尊敬しているのに、どうして父と同じ銀行マンになる道を選ばなかったのかと疑問をぶつけてきた。

 もちろん銀行員もサラリーマンなので、彼女の家のように()(しゅう)である必要はないが、父親の働く姿に感銘を受けて息子も同じ職業に就くということはままあるだろう。でも、僕はそれをしなかった。

「はい。人には向き不向きってものがありますから。少なくとも僕は、銀行員には向いてないなって自分で分かってたので、就活の時真っ先に銀行は外しました。父の後を継ぐ必要もないですし」

 自分が金融関係に向いていないことは、僕自身が一番よく分かっていた。こんなお人好しの典型みたいな人間が銀行にいたら、勤め先の銀行はもちろん融資先の企業も大損をするだろうことは目に見えていた。そこまでひどくなくても、父のようにはいかなかったに違いない。

「そうよね……。うん、なんとなく分かるわ」

 彼女が頷いたのは、「父の後を継ぐ必要がないから」という理由にだろうか? それとも、「僕はお人好しだから、銀行員には向いていない」という部分にだろうか? もし後者だったら、僕はきっと立ち直れない。

 実は就職活動の時、僕は篠沢の他にも数十社の――それも、ありとあらゆる業種の――入社試験を受けていて、そのうちの数社から内定を頂いていた。
 最終的に篠沢商事(ここ)を選んだ決め手は、大学時代の先輩だった小川さんが在籍していることと、何より総合商社であるところが大きかったと思う。今思えば、運命的に引き寄せられたのかな……という気もしなくはないが。

「僕は篠沢に入社してよかったと思ってます。……まあ、正直給料もいいですし、でもそれだけじゃなくて。大企業なのに、みんなが家族みたいっていうか、アットホームっていうか。すごく働きやすくて、居心地がいいんです。絢乃さんのお父さまのおかげです」

 このセリフは半分本音で半分は建前だった。居心地は……、ちょっとばかり悪かった。辞めようとまで思っていたくらいだから。
 でも、彼女はまだパワハラの事実をご存じなかったので、この時にはまだそのことを打ち明けられなかったのだ。