私も続いて中に入ると、そこは今まで一度も入ったことがない部屋で緊張してぎこちない動作でドアを閉める。
 逆にこれまで何度も入ったことがあるのか、先生は慣れた様子で窓側に置いてある、教室で私たちが使用しているものと同じだが座面のネジが茶色く錆びている椅子に座り、
「どうぞ」
 自分と向かい合った席を右手で指し示す。私は促されるままに席に座ると部屋全体をきょろきょろと見渡した。古い机や椅子、分厚いファイルや書類が隙間なく入っているのグレーの収納棚の他には物や家具が置いていない狭い部屋だ。
「あの……、ここって?」
 私が尋ねると先生は机の上で両手を組み悪戯を企んでいる子供を連想させるような笑みを口元に浮かべた。
「生徒指導室。主に校則を違反したり悪いことをしたりした生徒たちを厳しく説教する場所です」
「えっ、じゃあ私、今から説教されるんですか!?」
 私は思わず机に両手を突いて前のめりになって質問した。学校でこんなに大きな声を出したのは初めてかもしれない。
「……されませんよ」
 先生は苦笑して、組んでいた手を外し左手人差し指を顔の前に持ってきて「静かに」と小声で注意した。真希はその苦手ではなく大好きな美しい低音に完全に心を奪われてこくこくと頷くことしかできない。
「羽瀬川さんが大事な話があると言ったので、それなら誰かに聞かれる恐れのある廊下よりここの方がいいと思って」
「そうだったんですね! てっきり今から説教されるのかと思って焦りました……。よかったです」
 机の下で左腕をつねって先生に奪われた心を取り戻すことに成功した私は言葉を発した。
 それで、と先生は強い意志を感じる眼差しをまっすぐ向けてきた。授業中に受験勉強や人生について真剣に話している時と同じ眼差しだ。
「大事な話って何ですか?」
 想い人と一緒の空間にいるだけで既に緊張しているというのに、見られていることによってさらに緊張が増してきた。私は唾を飲み込んだ後に教室を出る前にリップクリームを塗ったのに乾燥してる唇を開く。
「ああでも……、」
 その時にちょうど、先生がしまったと後悔しているような表情で目を伏せた。
「大事な話って話しづらい内容なんですよね? 真希さんが話せると思ったタイミングで、ゆっくりと、落ち着いて話してください」
 落ち込んでいる人に話しかけるような温かい声色に優しい人だと改めて思った。