「無表情でも傷ついてることあるよ。私も酷いこと言われて傷ついても……、傷ついたことを悟られたくなくて頑張って無表情を貫いてたことあるから」
 頭の中にあるテレビでは、クラスメイトたちから悪口や陰口を言われている小五の時の光景が映っている。もう二度と思い出したくないトラウマで本当は信頼していない人間に教えたくなかった。けど自分の経験を話した方が誤解なく理解してもらえると思ったからこそ、打ち明けた。
「それはお前の場合で、沖野が傷ついてるかどうかは沖野にしか分かんないよな?」
「それはそうだけど……、」
「羽瀬川さん。もういいですよ」
 私が返答に窮していると、黙り込んでいた先生が静かな声で口を挟んだ。
「でも!」
「なぁ。お前、もしかして沖野のことが好きなのか?」
 釘本くんに先生に対して抱いている感情を突然言い当てられて私は息を呑んで固まる。
「だから必死に注意してきたんだろ。違うか?」
 何であまり話したことがないクラスメイトに、友達や家族にすら打ち明けていない秘密を打ち明けなければいけないの? 腹が立った私何も答えなかった。
「否定しないってことは好きなんだな? 面白ぇ。みんなに言いふらそうっと」
「やめろッ!!」
 ほぼ同時に私もやめてと言葉を発したのだが先生の怒鳴り声にかき消された。
「羽瀬川さんは何も言っていない。勝手に決めつけて話のネタにしようとするな。どうせ面白おかしく脚色して話すつもりだろう」
「んー? 何か言った?」
 聞こえない振りをする釘本くんに私はイラッとして睨みつけたが怖がるどころか楽しそうに笑った。また怒鳴るのではないかと心配になって、先生の顔を下からそっと窺うと眉間には険しい皺が寄っていて口はへの字に曲がっている。
「俺のことが嫌いなら俺だけが傷つくことをすればいい。羽瀬川さんを巻き込む必要はないはずだ。……釘本。いいかよく聴け。俺以外の人間を傷つけたら許さない。分かったか?」
「りょうかいでーす」
 釘本くんは軽い口調で答えるとそそくさと逃げるように走り去った。
「おい待て! 絶対に言いふらすなよ!!」
 釘本くんは背を向けた状態で付着している水滴を飛ばして乾かす時のように雑に左手を振った。
「念のため、もう一度釘を刺しとかないといけないな」
 先生は釘本くんの背中を眺めながら呟くと「羽瀬川さん」と話しかけてきた。
「はい。あの……、ありがとうございました。やめろって止めてくれて」
「いえ……。釘本くんに言いふらされたら必ず報告しにきてください」
 急にタメ口から敬語に戻ったことに私は戸惑いながら「分かりました」と頷く。
「それと……、羽瀬川さんもやめてください。かおりと同じようなことをするのは」
「えっ?」
 かおり、って誰のことだろう。