先生が言い終えたその時、真上から一枚の花びらがひらひらと舞い降りてきた。どうぞ捕まえてと言っているかのように見えた。先生が蚊を叩く時のような目にも止まらぬ速さで両手を合わせて花びらを消した。合わせた両手を開くと美しい右の手のひらに美しい花びらが在る。
「キャッチできた!!」
 先生は子供のように無邪気に笑って、
「これで、真希含む卒業生全員と俺と薫梨が幸せになることが確定したぞ」
何言ってるんですか? そもそも幸せは自分で掴むものだし本当に願いが叶うかどうか分かりませんよ。昨日までの自分ならきっとそう言うはずだ。
「今もまだ……、辛いことがあった日の夜は特に首を吊って死んでしまいたいと思うけど、死なずに生きようと思います。二十歳で先生と再会するまで。ううん、再会した後も。だって、先生のお陰で幸せになることが確定したから」
 でも、口から出てきたのはこの言葉で目から出たのは涙だった。ここで話を終わらせなければ、この先一歩も前に進めないような気がして、
「お腹空きすぎて痛くなってきたしそろそろ帰りますね」
 先生は一瞬大きく目を見開いて固まったけどすぐに無言で微笑んだ。愛する我が子が成長していたことに気づいて喜びつつもちょっぴり寂しい気持ちになってるお父さんに見える。
「真希、卒業おめでとう」
 私が背を向けた時にちょうど大好きな声が聞こえた。背を向けたままお礼を言う。
「薫梨と付き合えて馬鹿みたいに浮かれてて、真希が俺のために嘘を吐いて傷ついてることにも気づけないような、クソ人間でごめん……」
 そんなことない、と振り返らずに否定する。
「クソ人間だよ」
「違う!」
 思わず振り返って叫ぶと先生は眼鏡の内側で目を潤ませていて、もう何も言えなくなった。
「……真希が一番言って欲しい言葉は言えないけど、この先先生を辞めたとしても俺はずっと真希の先生だし味方だからな」
 先生はそう言うと携帯番号を書いたメモをズボンのポケットから取り出して渡した。
「いつでも頼れよ。頼られるのは嬉しいから。俺を好きになってくれて、ありがとう」
「……こちらこそ……ありがとうございます」
「ああ……。死ぬなよ。絶対に」
 眼鏡の内側だけ大粒の雨が降っている。視界不良。三月の冷たい風が吹き抜けて身体を冷やしていくけど、太陽は雲に隠れてなくて温かい春の日差しを全身に浴びることができる。
「はい!!」
 歯並びが悪いことを気にして人前では特に先生の前では口を開けて笑わないように注意していたのにまあいいやと歯を見せて笑った。偽っていない本当の笑顔を知って欲しかった。去年と今年はいい冬だったけど、いい春になりそうだ。

 死んだ方がいい人間はいると思う。それは他の誰でもなく私で、でも大好きな人が死ぬことを望んでないのなら──生きたい。