「多分……、お母さんそんなに遅くならないと思ってお昼ご飯既に準備してると思うから帰りが遅くなって迷惑かけないためにも、そろそろ始めませんか?」
 私は安心感に包まれながら提案すると「そうだな」と先生は素直に頷いた。
「なかなか取れない」
 ひらひらと優雅に舞っているように見えるけどすぐに風で吹き飛ばされる。素早く手を伸ばしてもなかなか間に合わない。
「これは……キャッチできないんじゃないか?」
 桜の花びらが地面に落下する前に取れたら願いが叶うと誰かから教えてもらった。本当かどうかは分からないけど。
「諦めるの早くないですか? うわっ! 今、絶対キャッチできたと思ったのに!!」
 指の間からすり抜けていつの間にか地面に落下した。
「どうしよ……。これじゃ先生と薫梨さんが幸せになりますようにっていう願い事が叶わない」
 不安と焦燥感に襲われて独り言が漏れた。
「俺たちじゃなくて自分が幸せになることを願えばいいのに」
「私が幸せになること?」
 ああ、と先生は腕を組んで偉そうに頷く。
「自分が幸せで心に余裕がある時に他人が幸せになることを考えればいい。よくないのは他人を優先しすぎて自分を蔑ろにすること。……それから真希」
「はい」
「一生会えないわけじゃないんだから、寂しそうな顔するな」
「えっ!?」
 私は思わず声を上げた。これでも頑張って笑ってたから指摘されて動揺を隠せない。
「私、そんなに寂しそうな顔してます!?」
「ここにきた時から今もずっと、な。変に大人ぶらなくていい。寂しいなら寂しいって素直に言えばいい。まだ十五歳なんだから」
「もう、十五歳です」
「さっきと言ってることが真逆になってないか?」
「そうですか?」
「とぼけるな」
「もうじゃあ言いますよ……」
 好きな人の前でかっこつけたいっていう乙女心が分からないのか。受験の面接試験で頭が真っ白になって志望理由すら答えられなくて落ちたと絶望したけど、結局かっこ悪く合格してたことも先生には絶対に教えない。私は半ギレしながら「寂しい」と本音を漏らした。卒業すればこうして会ってお喋りすることは難しくなるしもう二度と先生の授業を受けられない、と分かっているのに寂しくないわけがない。
「そうか……。じゃあ成人式の日に再会しよう。それでいいか?」
「……はっ、はい! 約束ですよ!?」
「約束する。ここの裏門近くで待ってるよ」
「分かりました!」
 楽しみすぎる約束ができて一気に幸福感に満たされた私は先生に伝えたいことを素直に伝えることにした。