卒業式が無事終了した後に体育館裏に植えられている大きな桜の木の下で先生と待ち合わせしていた私は急いで走っていた。
「沖野先生!!」
 約束通り桜の下で待っていた先生は、足音が聞こえたのか、私に顔を向けてあっと口を開いた。躊躇うように口を開閉した後に「真希」と言う。躊躇った理由は分かる。こうして二人きりで話すのはバレンタインデー振りだからだ。それ以前も少し距離を置いていたけどバレンタインデーの翌日からさらに距離を置くようになった。先生が薫梨さんの話をするのも、先生が私と小野木徹也に関する質問してきて嘘を吐くのも辛かったから、私は逃げた。お互いに緊張していることは訊かなくても分かるから訊かなかった。
「あの……、最後の最後に我儘なお願いをしたのに遅れてしまってすみません」
 待ち合わせ場所をここに決定したのは先生だけど、式直前に偶然目の前を通り過ぎた先生を呼び止めて、『式終了後に一緒に桜の花びらキャッチをして欲しいです』と耳打ちしたのは私だからだ。先生が立ち去ってから、蓮歌やクラスメイトたちに先生に何て言ったのか質問された時に『うんちょっとね』って私が言葉を濁したのは、落ち着いて話したかったからだ。もし教えたら面白半分に見にくる人がいないとは言い切れない。
「いえ、忘れてそのまま帰ったと思ってたからちゃんときてくれて安心しました」
「忘れるわけないじゃないですか。教室で蓮歌たちと卒アルにメッセージ書き合ったり喋ったりしてたら遅くなっちゃって……。どのくらい待ちましたか?」
 蓮歌と共通の友人たちは親と一緒に車で帰って、それを今さっきバイバイしたばかりだ。私は式に参加してくれたお父さんにはやることがあって遅くなるから先に帰っててもいいと伝えてあるからせっかちなお父さんはとっくに帰ったはずだ。
「私も今来たところなので気にしなくていいですよ。……桜の花びらキャッチ。知ってましたけどやったことはありません」
「おお、じゃあ初めてだ!!」
「はしゃぎすぎ。子供か」
 思わず手を叩いて喜んだらよそよそしい敬語が崩れてタメ口になった。必死に頑張って縮めた距離が距離を置いた時間だけ心の距離が離れたように感じて心配してたから胸を撫で下ろす。
「子供ですよ。まだ十五歳ですから。早く大人になりたいですけど。先生みたいな立派な大人に」
「中学生から見たら大きな背中に見えるかもしれないけど意外と大したことなかったことに気づくぞ」
「ううん、大人になっても変わらず先生は立派な人間だと思うと思いますよ」
「俺のことそんなに褒めて大丈夫か? 彼氏がやきもち焼くんじゃないか?」
 先生は揶揄うように笑いつつ言ったけど、大好きな人の笑顔にときめかなかった。
「焼きませんよ。小野木徹也は私が作った架空の人物なので」
 私がついに打ち明けると先生はたちまち愕然とした表情になった。
「……嘘だったのか? 告白されたことも、OKの返事を出したことも、ラブラブだって言ってたことも」
「はい、全て嘘です。先生を困らせたくなくて嘘を吐きました」
「困らせたくなくてって……。俺なんかのために嘘吐かなくてよかったのに何で……。全然気づけなくて……、嘘吐かせてご、」
 謝らないでください、と私は先生の謝罪を遮った。
「私が勝手に嘘を吐いただけで先生は悪くないから。先生が知ったら自分を責める可能性が高いから今まで黙ってたけど、騙したまま卒業するのは嫌だから、私は自分のために打ち明けた。先生のため、先生のためって思いながら結局最後は自分のためにバラした……。謝るのは私の方です。ご、」
 先生が私の顔に向かって手を伸ばしてきて喋るのをやめて殴られるかもと身構えたけど、手のひらで口を塞がれただけだった。
「真希も悪くないから謝るな」
 先生が殴るわけない。でもやっぱり怖かった。そうか謝らせないために口を塞いだんだって納得したけど、だけだったじゃないじゃん。とんでもないことが起きてる。先生の手、ハンドソープの良い香りがする。心臓がオレの出番だぜと大きくて急かすような音を立てる。
「打ち明けてくれてありがとな。俺のために嘘を吐いてくれたことも……ありがとう。でも真希が二回告白してくれた時、俺は何て返したらいいのか分からなくて困ってただけだ。告白されたことは困ってなかったよ」
 先生は私の口から手を離すとにこりと微笑んだ。
「……そう、なんですか?」
「ああ」