「引っ張り上げてくれた?」
「ああ。俺は高二の夏頃から……、髪が抜ける量が増えていって家族にも相談できずに悩んでた。勇気を振り絞って、小一からの友達、嘉瀬《かせ》鷹夜《たかや》に打ち明けたんだ。鷹夜は……『髪が薄くなっても見る目を変えるつもりはねぇし、理詞は理詞だから何も問題ない』って……。病院に行くことも勧めてくれて俺は相談してよかったと思ったんだけど、すぐに後悔することになる」
「え、どうしてですか?」
「次の日、俺がハゲてきたってことを同級生全員に言いふらしてる鷹夜の姿を目撃したからだ」
「……酷い」
「酷いよなぁ……。その日から話してる時に頭をチラチラと見られたりハゲと揶揄われたりするようになった」
「嘉瀬さんもそんなことしてきた人たちも、最低ですね」
 信頼して打ち明けたはずなのに裏切るなんて。怒りが沸々と湧き上がってきて今すぐ殴り飛ばしに行きたいと思った。
「俺は徐々に学校を休むようになって不登校になった……。そこで立ち上がってくれたのが薫梨だ」
「薫梨さん!」
 先生が名前を口にする度に辛い気持ちになってたけど今は嬉しくて思わず大きな声を出した。
「夜、お風呂に入ろうとリビングにやってきた俺に仕事から帰ってきた親父がポストに入ってたと言って紙切れを渡した。よく見るとくまのメモ帳で……、」
 そこにはこう書かれてあったそうだ。
『このままじゃ教師になるって夢叶えられなくなるよ。理詞にハゲって言いふらした鷹夜はもちろん、ハゲって言ってた奴ら全員、私がぶん殴ってやったから。安心して登校してこい。待ってるから』
「かっ……、かっこいい!!」
 率直な感想を口にしてから拍手した私に「だよな」と先生は自分が褒められたかのように嬉しそうに笑った。
「本当にかっこいいよ、薫梨は。昔も今も変わらず。美味しそうな料理がのってるけど重そうな三枚の大皿を颯爽と運ぶ姿も、常連客の悩み相談を親身になって聞いているところも」
 本当に尊敬する、という先生の言葉を聞いた直後に胸がずきんと痛んだ。私は先生を尊敬してるけど先生は私を尊敬してないと思う。尊敬されるようなことを何もしてないから当然だけど、悔しくてたまらない。
「……あっ。でも、本当に殴ったわけじゃないですよね?」
 不意に心配になって尋ねると先生はすぐに苦笑しながら手を振った。
「殴ってない殴ってない。薫梨は鷹夜にこう言ってきたらしい。『楽しんでるところ悪いけどあんたみんなから嫌われてるよ。まあ、あんたに似てるクズ共は喜んでるだろうけど……。これ以上嫌われたくないなら、本人が悩んでるんだから悪口陰口揶揄い一切禁止ってみんなに言って回りな。……あっ後ね。あんたが教室でハゲって理詞に向かって言った時、森川《もりかわ》先生があんたのことを睨みつけてたよ。先生も薄毛で悩んでるのかもね。先生に目を付けられたくなかったら、もう二度と言わないこと』……」
 私は薫梨さんには一生敵わないということ、この恋は叶わないということ、を同時に悟った。自分のためにここまでしてくれた人に惚れないはずがない。
「これは、鷹夜が謝ってくれた後に教えてくれたこと。言いふらした理由は、俺に順位を抜かれたことが悔しくて、妬むようになったから。みんなに言いふらすことで俺の成績を落とす作戦だったらしい。実力で追い抜かなきゃ意味ないのに馬鹿なことをしたって後悔してたよ」
「よかった……。ちゃんと謝ってくれたんですね」
「ああ。あっ謝ったと言えば、釘本も一昨日謝ってきたぞ」