「ああ、貰った。昨日の夜に作ってくれたみたいで、朝五時、俺がちょうど起きた頃に家に持ってきたもんだから、たまげたよ。早く食べて欲しかったんだってさ」
 やっぱり薫梨のことを話してる時の先生は幸せそうな笑顔を浮かべていて、私がどんな手を使ったとしてもこんな顔をさせることはできないと思った。
「私が徹也を好きになったのは、まだ塾に入ったばっかで緊張しててみんなの前で答えを間違えて落ち込んでた時に、優しく励ましてくれたからなんですけど……。先生が薫梨さんを好きになった理由はなんですか?」
 前々から気になっていたから質問したけど、無理には聞かないつもりで返答を待つ。
 先生は驚くほど穏やかな眼差しで「高二の時に」とゆっくりと話し出した。
「地獄の底に堕ちて這い上がることすら諦めかけていた俺を、薫梨が手を伸ばして引っ張り上げてくれたからだ」