「誤解してぬか喜びすることがないように予め言っておきますけど、」
「あ、ああ……。何だ?」
「これ、義理チョコですから」
 上目遣いで可愛く言う予定だったのに義理チョコと断言するのが嫌すぎて目を逸らしてか細い声で言ってしまった。また予定通りにいかない。本当は、本命チョコとして渡したかった。小野木《おのき》徹也《てつや》と別れたことにすれば渡せるけど先生はきっと心配するだろうからできない。本命チョコとして渡せないのも、死んだ方がマシって思うぐらい胸が苦しいのも全部、告白してきた同級生と付き合うことにするって嘘を吐いた罰だと思う。先生を困らせないためだったとはいえ、騙していることに変わりはないから。
 先生が突然ハハハッと笑った。大笑いする先生を見たのは初めてで私は驚愕して固まる。
「分かってるよ、そんなこと……。本命チョコは小野木徹也くんに渡すんだもんなぁ?」
「何で無意味にフルネームで呼ぶんですか……。そうです。この後塾で徹也に渡すつもりです」
「……ラブラブなんだろ?」
「はい。ラブラブですよ」
 にこにこ笑いながら即答したけど、やっぱり嘘を吐くのは辛いから、大好きな人と喋ってるのに目の前が暗くなって元々弱い心が助けてと叫んでいる。でも、私が悪い。嘘を吐いた罰だ。罰を受け止めなければいけない。
 嘘を吐いた翌日に、先生にOKの返事を出して無事に付き合うことになったと嘘を重ねた。それから喧嘩してないかと訊かれた時は、時々喧嘩してしまうけど偽の惚気話をして心配する必要はないと伝えた。内心泣きながら。それが先生のためになると信じて。
 いっそのこと、小野木徹也は架空の人物だと打ち明けてほっとしたい。小野木は先生の苗字である沖野のアナグラムだ。でももし言ったら先生はまず私のことを心配して、やがて自分を責めると思う。そういう人だ。たった約二ヶ月半しか一緒に過ごしてないし、先生の全てを知っているわけではないけど……分かる。自分のために嘘を吐いてたという事実を知って、何も感じないような人間じゃない。だからこそ、打ち明けちゃいけないんだ。
「で。先生はもう薫梨さんから本命チョコを貰ったんですか?」
 嘘を吐いてから五日経った週明け、先生から告白は成功して念願叶って恋人同士になったという報告を受けた。私は正直凄く辛かったけど、先生は本当に幸せそうに話すからよかったですねと笑顔で祝福した。