「私は優しくない。先生が、」
一番優しい人間だと思います。言いかけた言葉は最後まで言えずに私は激しく咳き込んだ。これはすぐには止まりそうにないと経験上からも感覚的にも分かった。
案の定なかなか止まらず、不意にげぇッといえずく音が私の喉から発せられた。あまりにも汚い音で自分から出た音だと信じたくなかった。先生の顔を見るのが怖くて逃げるように背中を向けて生徒指導室前の廊下の壁に両手をついて深く俯いた。顔と身体中が燃えるように熱くなる。今すぐここから逃げ出したい。
「お、おい! どうした!? 大丈夫か!?」
私の右隣に駆け寄ってきた先生の足音と声がぼやけて聞こえたのはショックで壊れないように現実逃避をし始めたからだと思う。大丈夫です。ごめんなさい。すぐに言おうと思ったけど咳をしている最中は息苦しくて言葉が発せない。
完全に嫌われた──。告白した翌日に先生に目を逸らされた朝も同じことを思ったがその時より本気で絶望している。溢れそうになった涙を口の中を噛んで堪える。
と、背中を温もりが移動するのを感じた。背中をさすってくれているのだと徐々に理解して温もりは摩擦熱と先生の手のひらの熱だと分かった。大丈夫だ。大丈夫だから。今度は声が明瞭に聞こえる。戸惑いながらも安心させようとしていることが伝わる声音だ。
去年、今日と同じように咳き込んでお父さんがさすってくれた時は痛くはなかったがさすら力が強くて恐怖を感じた。それに比べて優しくゆっくりとさする手に自然と気持ちが落ち着いて、やがて咳も大分落ち着いてきた。
「……先生」
私は壁から手を離して右横に顔を向ける。屈んでいる先生の表情が、腹痛で早退することになった私を迎えにきたお母さんが『顔色悪いけど大丈夫?』と質問してきた時の表情に似ていた。
「やっと治まったな」
一番優しい人間だと思います。言いかけた言葉は最後まで言えずに私は激しく咳き込んだ。これはすぐには止まりそうにないと経験上からも感覚的にも分かった。
案の定なかなか止まらず、不意にげぇッといえずく音が私の喉から発せられた。あまりにも汚い音で自分から出た音だと信じたくなかった。先生の顔を見るのが怖くて逃げるように背中を向けて生徒指導室前の廊下の壁に両手をついて深く俯いた。顔と身体中が燃えるように熱くなる。今すぐここから逃げ出したい。
「お、おい! どうした!? 大丈夫か!?」
私の右隣に駆け寄ってきた先生の足音と声がぼやけて聞こえたのはショックで壊れないように現実逃避をし始めたからだと思う。大丈夫です。ごめんなさい。すぐに言おうと思ったけど咳をしている最中は息苦しくて言葉が発せない。
完全に嫌われた──。告白した翌日に先生に目を逸らされた朝も同じことを思ったがその時より本気で絶望している。溢れそうになった涙を口の中を噛んで堪える。
と、背中を温もりが移動するのを感じた。背中をさすってくれているのだと徐々に理解して温もりは摩擦熱と先生の手のひらの熱だと分かった。大丈夫だ。大丈夫だから。今度は声が明瞭に聞こえる。戸惑いながらも安心させようとしていることが伝わる声音だ。
去年、今日と同じように咳き込んでお父さんがさすってくれた時は痛くはなかったがさすら力が強くて恐怖を感じた。それに比べて優しくゆっくりとさする手に自然と気持ちが落ち着いて、やがて咳も大分落ち着いてきた。
「……先生」
私は壁から手を離して右横に顔を向ける。屈んでいる先生の表情が、腹痛で早退することになった私を迎えにきたお母さんが『顔色悪いけど大丈夫?』と質問してきた時の表情に似ていた。
「やっと治まったな」