私が正門から入った方が確実に早く着くのにも関わらずこうして裏門から入ろうとしているのは、沖野先生に好意を寄せているためだ。
 裏門から登校すれば、先生と朝の挨拶を交わすことができる。
 先生が毎朝裏門に立って生徒たちに挨拶していることを教えてくれたのは、小学校三年生の頃に友達になった塩谷(しおたに)蓮歌(れんか)だ。
 教えてくれたとは言っても、蓮歌は『今日土砂降りでお父さんに車で送ってもらったんだけどね……。最悪なことに裏門にあいつが立ってたの! 沖野!!』と報告しただけだ。
 報告した時、一番嫌いな虫と偶然遭遇してしまった直後のような嫌な顔をしていた。
 先生に好意を寄せていることは蓮歌に打ち明けていないので仕方がないと思う。それでも自分の想い人が友達に嫌われていることが判明して傷ついた。先生は悪い人じゃないって誤解を解きたくてたまらなかった。勘づかれる恐れがあるからできなかったけど。
 蓮歌は口が軽いからすぐに共通の友人に私の好きな人は沖野であるということを暴露してしまう可能性が高い。
 実際、小学生の頃に絶対に言わないと約束した翌日に忘れていて一人の友人に暴露した。暴露されたことを恨んでいるわけではない。ただ、蓮歌にだけは勘づかれないように気をつけなければいけない。
「おはようございます」
「おはざいまーす」
 先生の美しい挨拶に『おはようございます』を省略した雑な挨拶を返したのは、明るくやんちゃそうな風貌で事実時折授業をサボっているクラスメイトの釘本(くぎもと)輪留(わたる)くんだ。釘本くんが通り過ぎる様子を黙って見ていた先生が急に「あっ」と口を小さく開けた。
「ちょっと待ってください!」
 足早に去ろうとしていた釘本くんは大きなため息を吐きつつ立ち止まり、「何ですかー?」と不満そうな声を上げながら振り返った。釘本くんが先生の元に歩いて戻っている間に今がチャンスとばかりに二人の女子生徒が学校の敷地内に早歩きで入っていく。
 私もそのまま通り過ぎて入ろうと思ったが先生と挨拶を交わすという目的を果たせないことにはっと気づく。とりあえず先生と釘本くんの会話が終わるのを少し離れた後方で待つことにした。
「腰パンは禁止ですよ」
「いやいや、これは腰パンじゃないっすよ」
 先生がため息混じりに注意すると釘本くんは反省していない様子でへらへら笑った。厳しい教師であることが有名な先生に対してタメ口とは怖いもの知らずにも程がある。
 先生がぴくりと反応したので、数秒後にこの場に大きな雷が落とされるに違いないと確信した私はすぐに俯いて目を瞑り身体を縮こまらせた。
「釘本くん」