私は自分の誤解を解くために先生の発言の矛盾を指摘する。先生は思案顔で髭剃り跡が少し残っている顎に右手を当てた。
「言われてみれば確かに……。私はとんでもない誤解をしていたようです」
「やっと分かってくれましたか?」
 私が苦笑いを浮かべながら尋ねると「はい」と先生はばつの悪そうな顔をした。
「どうせ冗談で告白されて揶揄われただけだと勝手に誤解したではなく、大人を揶揄うのはやめた方がいいと怒ってしまって……。羽瀬川さん、本当にすみませんでした」
 私は落ち込んでいるような声色で九十度に腰を折って謝罪してきた先生を前にして、心苦しい気持ちで一杯になって、
「ちゃんと説明しないで逃げるように帰った私が悪いし、誤解してもしょうがないっていうか……。先生は全然悪くないですから頭を上げてください」
 そう言ったが先生はなかなか顔を上げなかった。我慢できずに「お願いします!」と懇願するとようやくゆっくりと頭を上げる。よかったとほっと息を吐いていると、
「……そういえば、羽瀬川さんも怒ってましたよね?」
 先生がふと思い出したように訊いてきた。確かに怒っていた。
「だって」
 思いの外しょぼくれた声が出て実は怒りよりも悲しみの方が遥かに上回っていたということに気づく。
「返事が『揶揄うのはやめた方いい』だけなんて寂しすぎるじゃないですか……。あの……。返事。別に急いでないんで。……そうだ。卒業。卒業までにしてくれたらいいですからちゃんとしてください」
 そう頼むと先生は今朝と同じように気まずそうに目を逸らして、黙り込んだ。沖野が今見せている表情が、家族全員で車でお出かけした際に、道に迷って知らない道に出てハンドルを握りしめながら『どうすっかな』とため息混じりに呟いていた時の、自分の父親の表情に似ているような気がした。
 と、先生が私の顔をまっすぐ見詰めてきて口を縦に開いた。
「申し訳ありませんが、羽瀬川さんの気持ちに応えることはできません」