「今日の五時間目の休み時間に、『大人を揶揄うのはやめた方がいいですよ』ってなぜかマジギレしながら冷たい返事をしてきた、とんでもなく失礼な人の名前を、職員室にいる先生方に覚えてもらいたかった。だから先生をフルネームで呼んだんです」
 ドアは閉まっているが今度は声を抑えた。先生は「そうですか」とだけ返した。敬語に戻ったうえにそっけない声で、私がドアを閉める前にわざと大きな声で言ったから激怒しているのではないかと心配になって、先生の顔色を窺う。すると、やはり無表情で抱いている感情が全く読み取れないから困った。
「すみません、ちょっとふざけすぎました。それから二箇所訂正します。可愛いじゃなくてブサイク、勇気を振り絞ってじゃなくて自分でもよく分からない内に、です」
 私は言い終わるとすぐに先生に向かって深々と頭を下げた。謝罪したのはもちろん反省しているからでもあり謝らないと後が怖いからでもある。先生が何も言わないのでやばいと慄きながら頭を上げると、まだ感情が読めない無表情だ。
「でも。多分。もし聞こえてても何のことだかさっぱり分かんないと思うし本当のことだと思わないっていうか……」
 私が必死に考えながら震えた声で言うと先生は「まあ確かに」と頷いて、腕組みをして窓の外に視線を移した。
「生徒たちから嫌われている私が生徒から告白を受けるなんて誰も思いもしないでしょうから」
 言葉とは裏腹に内心誰かに聞かれることを恐れているのか声を潜めている。嫌われてる自覚あるんですね。頭に浮かんだ言葉をそのまま言おうとしてやめて、大好きな人を傷つけてどうすると心の中で自分を叱りつけながら、
「もし先生の予想通り、本当にみんなが思いつきもしてなかったとしても……、私から告白受けたっていう事実があるじゃないですか」
 そう言うと、先生はため息を吐いて「訂正の訂正」と珍しくとげのある口調で言う。
「訂正の訂正」
 よく分からなかった私はオウム返しした。
「自分でもよく分からない内にじゃなくて、冗談で告白をした。その理由はその告白を真に受けた私が狼狽えたりおろおろしたり……そんな無様な姿を観察して楽しむため」
「ちっ、違います!!」
 私は大間違いな訂正の訂正に声を荒らげた。
「冗談で告白なんかしません! てか、私が告白した理由なんか先生が分かるわけないのにテキトーなこと言わないでください!!」
「テキトーではありません。昨日、羽瀬川さんは告白して私の返事を訊かずに速攻帰った。つまりあの告白は本気じゃなかったってことでしょう?」
「本気です!」
 私は迷いなく言い切った。
「告白するつもりなんてなかったのに告白しちゃったから後悔してて返事を聞く余裕がなかっただけです。……それに、もし本当に観察して楽しむためだったなら、告白した直後に生徒指導室を出てそのまま下校したのはおかしいと思いませんか? 観察する暇なんてありませんでしたよ」