今朝、一応普段通り裏門で挨拶を交わしたけど先生はすぐに気まずそうに目を逸らした。私は嫌われたと確信してひどくショックを受けて逃げるように立ち去った。
 国語の授業が五分遅く終わって休み時間に入り、私は席に座って耳を澄ましてクラスメイトが悪口を言っていないかどうかを確認していた。恐らく小五の時にクラスメイトから悪口を言われていたのが原因で確認しないと気が抜けなくなった。言われていないのが分かって安堵して肩の力を抜く。
 まだ教卓の上で持ち物を片付けている先生と決して目が合わないようにするために、黒板の文字を食い入るように見詰める。国語教師には字が綺麗な人が多いが、最も綺麗な字を書くのは沖野理詞に違いない。その文字を見ることすら今日は苦痛だったわけだけど……。
 ついうっかり右から左に視線を移すと先生がちょうど顔を上げたところでばっちり目が合った。ああもう何やってんの私。内心自分を責めて直ちに机の木目に視線を落としつつ猛省するが、その間にも革靴で床を歩く足音がどんどん迫ってくる。ぴたりと音が聞こえなくなって嫌な予感しかしなくて恐る恐る顔を上げると、
「羽瀬川さん」
 先生が机の左横に立ち見下ろしていた。真顔だけどよく見ると眉間に深い皺が刻まれている。私は恐怖に襲われながらも「はい」と頑張って返事をした。