死んだ方がいい人間はいると思う。それは、他の誰でもなく私で、好きな人ができて薄紫色眼鏡の外側の世界が明るく見えるようになってからも変わらずそう思う。けど、変わることを望んでいないわけではない。
　はあと吐いたため息は白かったがやや濁って見えた。真っ白に見えることを期待していた私──羽瀬川(はせがわ)真希(まき)はがっかりしてネガティブなことを考えていたせいかもしれないと反省した。
　と、雪女が吐く息を思わせるような凍てついた風が夏用より少し分厚い紺色スカートの中を通り抜けて足の体温を一瞬で奪い去っていく。来月から十二月に入り、マフラー、手袋、タイツなどの防寒具が着用が許可される。だから今日まで我慢だと身体を震わせながら自分を自分で励ましていると、
「おはようございます」
　すぐ前方から声が聞こえてきた。一語一語丁寧に発音していることが伝わり、聞き取りやすいちょうどいい大きさで、語尾のすだけはお淑やかさを感じさせる発音。
　この寒い中で声を震わせることなく見本になるような美しい挨拶をしたのは、通坂(とおりさか)中学校で国語を教えている沖野(おきの)理詞(さとし)先生だ。私のお目当ての人物でもある。
　白髪混じりの髪の毛は短く襟足ともみあげはバリカンで刈り上げている。背丈は１５6㎝の真希より約二十㎝高く、体型は普通、地味な色と柄の洋服の上から見る限りそこまで筋肉がついているようには見えない。グレーの眼鏡の内側には一重だと見間違えてしまうような幅が狭い奥二重がある。