気になりながらも、伊吹に促されて凛は入浴することにした。もちろん、ひとりで。

 重苦しい色打掛を脱衣所で脱ぎ捨て、浴室へとつながるすりガラスの扉を凛は開ける。

 すると温かい空気が流れ込んできて、凛の冷えた手先に染みた。

 浴室は、いわゆるヒノキ風呂だった。優しい木目の見える長方形の大きな浴槽とすのこが、穏やかな空間を演出している。

 浴槽からは白い湯気が立ち込めていて、よさそうなお湯加減に見えた。

 ――こんな立派なお風呂……。しかもたぶん一番風呂だと思うけれど、私なんかがいただいていいのかな。

 凛の実家の浴室は、日本の中流家庭の戸建てにはよくあるユニットバスだった。それなりに広く現代的な機能も備わっていたが、凛がその恩恵を受けることはほぼなかった。

 凛が入浴できるのは、家族三人の入浴が終わり、凛がすべての雑用をやり終えた後。また、『追い炊きはしないでね。電気代がもったいないから。シャワーの使用も最低限に』と両親に命じられていたので、凛は素直に従っていた。

 存在意義のない自分が風呂をいただけるだけでもありがたいと思っていたため、冷めきった湯船に入ることに別に不満はなかった。

「……なんて温かいの」

 ヒノキの湯桶(ゆおけ)と風呂椅子を使わせてもらって、体を軽く洗い流した後に湯船につかると、その湯の温かさに思わずそんな声が出た。

 家事や雑用で汚れた体を洗い流すためだけの、無機質な場所だった風呂への印象とはまるで違う、冷えた体に染み渡る少し熱めのお湯。

 そして、温かみのあるヒノキの色と匂い。浴槽から立ち込める優しい蒸気。