台湾の少女から茶碗に入った烏龍茶をもらい、紅華と敦は床几に座った。

「鳥羽様は、どんな勉強をしてはるんどすか?」

 お茶を飲み、休憩をしながら問いかけると、敦は、

「土木技術について学んでいます。紅華さんは、田辺朔郎(たなべさくろう)先生をご存じですか?」

 と、紅華に問い返した。聞いたことのない名前だったので「知りまへん」と首を振る。

「この岡崎公園の周りを、疎水が巡っているでしょう? 琵琶湖から水を引き入れている疎水です。明治の時代に作られたものですが、その工事を指揮したのが田辺先生です。任命された時、先生は若干二十三歳だったのですよ。疎水が完成し、発電所ができて、京都は発展しました。市電が走るようになったのも、発電所のおかげです。私は、田辺先生のように、人々の役に立つ人間になりたい」

 敦はキラキラとした瞳で、紅華を見つめた。そのまなざしが熱っぽく、紅華は思わず頬を赤らめた。

(別に、うちを口説いてはるわけやおへんのに……)

 早鐘を打ちだした心の臓に戸惑いながら、紅華は敦を見返した。すると、敦ははっとしたように息をのみ、

「すみません。初めて会ったあなたにこんな話をして……つまらなかったでしょう?」

 と、頭をかいた。

「そんなことはあらしまへん。鳥羽様はご立派どす。それに比べてうちなんて……」

 膝の上で持つ茶碗に目を向け、ふぅと溜め息をついた紅華に、敦が、

「何か悩みでもあるのですか?」

 と、聞いてくる。紅華は顔を上げると、

「しょうもない悩みどす。――うちは、生まれも育ちも祇園どす。祇園から出たことのない世間知らずなんどす。最近、それでええんやろかと思うてまして……」

 と、心の内を吐露した。

「舞妓は立派な仕事だと思いますが……」

「世の中には、もっと立派な仕事に就いてはる女の人がぎょうさんいてはります。一度、お座敷に、新聞記者をやってはる女の人が来はりました。偉い政治家の先生たちとお越しやして、対等にお話をしてはりました。物知りで頭のええ方やなぁと、感心したんどす」

 紅華は今まで誰にも話したことのない、自分に疑問を持ち始めたきっかけを、敦に告白した。

「紅華さんは、その新聞記者の女性のようになりたいのですか?」

 敦の問いかけに、

「どうでっしゃろ……」

 紅華は曖昧に小首を傾げる。自分があの女性のように頭が良いとは思わない。八歳ぐらいまでは小学校に通い、基本的な読み書きや計算は習ったが、後は花街の学校で芸を学んだ。きっと自分はこの先も花街で生き、どこかの旦那に引かされて、囲われの身となるのだろう。

「うちは、いつまでも籠の中の鳥や……」

 先程見た、竹籠の中の鳥を思い出し、溜め息をつく。
 二人の間に沈黙が落ちた。