「とにかく教室の中に入ろう、草野くん」
そういえば。
「そうだね」
花咲さんの笑顔に心を奪われ過ぎて。
廊下で話していることを忘れそうになっていた。
そうなりながらも。
僕は、ふと思ったことがあった。
花咲さんが歌っていたあの歌は……。
「花咲さん」
「なぁに、草野くん」
「さっき花咲さんが歌っていた歌って……」
「あの歌?」
「うん」
「あの歌、私が一番好きな歌なの」
花咲さんが一番好きな歌……。
「曲の名前は……?」
僕は曲の名前が気になった。
「曲名はわからないの。
だけど、ある人が歌っていたのを聴いて
すごく良い曲だと思ったの」
「……ある人……?」
僕がそう訊いたら、花咲さんは無言で笑顔になった。
僕は花咲さんが言う『ある人』が誰なのか気になった。
でもこれ以上、花咲さんに訊いてもいいのかわからなかった。
「花咲さんが歌っていたあの曲ね、僕も好きなんだ」
「草野くんも?」
「うん。でも僕も、あの歌の曲名がわからなくて」
「そうなんだ」
「曲名はわからないけど、僕もあの歌すごく好きだから、
あの場所に行ったときに思いっきり歌うんだ」
「……あの場所……?」
「うん。僕が気に入っている秘密の場所」
「……秘密の場所……?」
「うん。そこはとてもきれいな場所なんだ。
花も木も草もみんなきれい。
僕はその場所がとても好きなんだ」
なぜだろう……。
ずっと秘密にしてきた特別な場所。
花咲さんには自然に話している……。
「すごく素敵な場所ね」
「うん、そうなんだ。
あとね、今年は時期が過ぎちゃったけど、
とてもきれいな一輪の花が咲くんだ」
「一輪の花……?」
「うん。その場所に存在する花や木や草は全てきれいなんだけど、
その一輪の花は、また違った美しさがあるんだ」
「その花の名前は……?」
「わからないんだ。
だけど、僕はその一輪の花が
年に一度咲くのを楽しみにしているんだ」
「草野くんが楽しみにしてると私も楽しみになる」
「そうだ、来年、花咲さんも一緒にその一輪の花を見に行こう」
僕は驚いていた。
ずっと秘密にしてきた特別な場所。
そのことを話しただけではなく。
今日、転校してきたばかりの花咲さんに。
その場所に行こうと誘っている。
どうしてそんなにも大胆なことができるのか。
自分でもわからなかった。
「え……」
少し驚いている様子の花咲さん。
「ねっ、花咲さん」
この積極性はどこからくるのか。
僕自身、こんなにも積極的になるのは生まれて初めてだ。
僕の新しい一面を発見することができた。
「……来年……」
……⁉
……花咲さん……?