「草野くん」


 花咲さんがドアをやさしく開けた。


「……花咲さん……」


 僕はこれ以上、言葉が出なかった。


「草野くん……今の……」


「……あ……あのね……
 教室に戻ろうとしたら、たまたま花咲さんの歌声が聞こえてきて……
 あっ、でも大丈夫。僕は、たった今ここに来たところだから
 花咲さんの歌はほとんど聴いてないよ」


 花咲さんが気にしないように。
 僕は必死にそう言った。


「気にしないでね」


 え……?


「私が歌っているところを草野くんが聴いたこと」


 花咲さんがそう言ってくれたから。
 僕は少しほっとした。


「……でも……」


 でも……?


「草野くんに私の歌声を聴かれたことは……
 少しだけ恥ずかしいかな……」


 花咲さんは頬をピンク色に染めて恥ずかしそうにした。


「恥ずかしがらなくていいよ。
 花咲さんの歌声ものすごくきれいだし上手に歌ってたよ」


「草野くん……」


 しまった‼

 花咲さんの歌をそんなに褒めたら。
 花咲さんの歌をしっかり聴いていたことがバレてしまう……‼


「……あっ……あの……花咲さん……」


 どういうふうに言い訳をしようか。
 思い浮かばなくて焦っていた。

 そのとき。


「草野くん、ありがとう」


 花咲さんは、はにかんだ笑顔でそう言った。


 そんな花咲さんの笑顔に。
 心を奪われた。