雨が少ないので、枯れてしまったようだ。つがいというのは、夫婦ということ。額面通りの関係ではないかもしれないが、大切な相方なのだろう。
私は萎れた花に慎重に触れた。水をやっても復活できる余力はなさそうに思えた。
「私は、元通りに生き返らせることはできないの。でも、この花をよみがえらせることはできる。それでもいい?」
花のあやかしは大きく頷いた。緑色の手を、祈るように合わせている。
「かまいません。お願いします」
「わかったわ」
くたりと折れ曲がっている茎に指先を触れさせる。体の奥底から湧き上がる流れを感じた。指先から発せられた温かな光を、花の茎へと移す。
すると花が、光の核を浮き上がらせた。とても小さなその核は光を取り込むと、みるみるうちによみがえった。
茶色に変色していた茎は鮮やかな緑色になり、葉を伸ばす。萎んでいた花びらは、紫色に染め上げられた。
夜叉姫として生まれた私が持っている能力は、『命を再生する』というもの。
ただ、兄のように純粋な治癒とは異なり、もとの形とは違ったものに変化してしまう。それは私の作り出す光の核が、回復ではなく転移を根本としているから。
もちろん人間などの大きな物体に能力を使用したことはないけれど、花や虫などの小さなものをよみがえらせるのは容易にできた。
それがあやかしたちの間で広まり、こうして頼まれることがある。
母に知られると心配されるので、こっそり誰もいないところで使っているだけだ。
だが能力というものは便利なだけではなく、厄介さをも併せ持つ。
黒ずんだ紫色の花を見たあやかしは、期待に満ちていた目を嫌悪に変えた。
「これは……わたしのつがいではありません! こんなものを望んでいたのではないのに、わたしのつがいはどこに行ってしまったのですか」
「それは、その……完全に元通りにはできないのよ。色は変わってしまったけれど、根本は同じ花というか……」
「まったく違います! わたしのつがいを返してください」
花のあやかしは怒り出してしまった。もとの花びらは白なので、望んだ形とは大きく違っていたのだ。
これがこの能力の困ったところで、雄のカブトムシの角が消滅したり、樹木の枝が捻れてしまったりする。
よみがえらせてほしいと必死に懇願していたあやかしたちは結果を見て大きく落胆し、憤慨してしまう。そうすると私の能力がなんの役に立つのかという無力感に苛まれる。
かといって、能力を封印することもできないでいた。
生まれつきあやかしが見える私は彼らと共存しているので、困ったり悲しんでいるところを見ると、どうにかしてあげたいという想いがあった。たとえ、感謝などされなくても。
「見た目は違っても、この花はあなたのつがいよ。だって、背丈は同じだし……」
弁明するが、顔を背けた花のあやかしは花壇を飛び下りて姿を消してしまった。
また、期待に応えられなかった……。がっかりして肩を落とした、そのとき。
人の気配に、はっとして顔を上げる。
少し離れたところにいた学生たちが、こちらを見て驚愕の表情を浮かべている。おしゃべりに興じていると思ったのだが、いつの間にか今のやり取りを見られていたらしい。
彼女たちは数人でひそひそと会話を交わす。
「見た? さわったら花が変になったよね」
「誰もいないのに、ひとりごと言ってるし。あの子の目って、赤いんだよ。気味悪い」
私に友人がいない理由は、これだった。
真実を打ち明けたら、なおさら嫌がられてしまうだろう。あやかしを喜ばせることができないのに、彼女たちを納得させられるわけがない。だから嫌悪を含んだ目を向けられても、この赤い焔を宿した瞳を見られないよう、目線を床に落とすことしかできない。
ノートを貸してほしいと話しかけてきた学友が、おそるおそる私のそばにやってきた。彼女の頬は引きつっている。
「あの噂、ホントなんだね。鬼山さんは、鬼の子だって。近づいたら呪い殺されるって」
「そんなこと……! 呪い殺したことなんか、ないわ」
必死に否定するが、逆効果だった。息を呑んだ学生たちは悲鳴をあげながら走り去る。
それはつまり、やろうと思えばできるという意味に捉えられてしまったのだ。
「あ……ノートは……」
彼女たちの姿が見えなくなってから、私は学友を引き止めようと伸ばした手を下ろす。
また、あることないことが噂されてしまうのだろう。そして遠巻きにされ、気味の悪いものを見る目を向けられる。
鬼の子なのは事実なので、否定できなかった。かといって花のあやかしの窮状を、見て見ぬふりをすることもできない。
私は萎れた花に慎重に触れた。水をやっても復活できる余力はなさそうに思えた。
「私は、元通りに生き返らせることはできないの。でも、この花をよみがえらせることはできる。それでもいい?」
花のあやかしは大きく頷いた。緑色の手を、祈るように合わせている。
「かまいません。お願いします」
「わかったわ」
くたりと折れ曲がっている茎に指先を触れさせる。体の奥底から湧き上がる流れを感じた。指先から発せられた温かな光を、花の茎へと移す。
すると花が、光の核を浮き上がらせた。とても小さなその核は光を取り込むと、みるみるうちによみがえった。
茶色に変色していた茎は鮮やかな緑色になり、葉を伸ばす。萎んでいた花びらは、紫色に染め上げられた。
夜叉姫として生まれた私が持っている能力は、『命を再生する』というもの。
ただ、兄のように純粋な治癒とは異なり、もとの形とは違ったものに変化してしまう。それは私の作り出す光の核が、回復ではなく転移を根本としているから。
もちろん人間などの大きな物体に能力を使用したことはないけれど、花や虫などの小さなものをよみがえらせるのは容易にできた。
それがあやかしたちの間で広まり、こうして頼まれることがある。
母に知られると心配されるので、こっそり誰もいないところで使っているだけだ。
だが能力というものは便利なだけではなく、厄介さをも併せ持つ。
黒ずんだ紫色の花を見たあやかしは、期待に満ちていた目を嫌悪に変えた。
「これは……わたしのつがいではありません! こんなものを望んでいたのではないのに、わたしのつがいはどこに行ってしまったのですか」
「それは、その……完全に元通りにはできないのよ。色は変わってしまったけれど、根本は同じ花というか……」
「まったく違います! わたしのつがいを返してください」
花のあやかしは怒り出してしまった。もとの花びらは白なので、望んだ形とは大きく違っていたのだ。
これがこの能力の困ったところで、雄のカブトムシの角が消滅したり、樹木の枝が捻れてしまったりする。
よみがえらせてほしいと必死に懇願していたあやかしたちは結果を見て大きく落胆し、憤慨してしまう。そうすると私の能力がなんの役に立つのかという無力感に苛まれる。
かといって、能力を封印することもできないでいた。
生まれつきあやかしが見える私は彼らと共存しているので、困ったり悲しんでいるところを見ると、どうにかしてあげたいという想いがあった。たとえ、感謝などされなくても。
「見た目は違っても、この花はあなたのつがいよ。だって、背丈は同じだし……」
弁明するが、顔を背けた花のあやかしは花壇を飛び下りて姿を消してしまった。
また、期待に応えられなかった……。がっかりして肩を落とした、そのとき。
人の気配に、はっとして顔を上げる。
少し離れたところにいた学生たちが、こちらを見て驚愕の表情を浮かべている。おしゃべりに興じていると思ったのだが、いつの間にか今のやり取りを見られていたらしい。
彼女たちは数人でひそひそと会話を交わす。
「見た? さわったら花が変になったよね」
「誰もいないのに、ひとりごと言ってるし。あの子の目って、赤いんだよ。気味悪い」
私に友人がいない理由は、これだった。
真実を打ち明けたら、なおさら嫌がられてしまうだろう。あやかしを喜ばせることができないのに、彼女たちを納得させられるわけがない。だから嫌悪を含んだ目を向けられても、この赤い焔を宿した瞳を見られないよう、目線を床に落とすことしかできない。
ノートを貸してほしいと話しかけてきた学友が、おそるおそる私のそばにやってきた。彼女の頬は引きつっている。
「あの噂、ホントなんだね。鬼山さんは、鬼の子だって。近づいたら呪い殺されるって」
「そんなこと……! 呪い殺したことなんか、ないわ」
必死に否定するが、逆効果だった。息を呑んだ学生たちは悲鳴をあげながら走り去る。
それはつまり、やろうと思えばできるという意味に捉えられてしまったのだ。
「あ……ノートは……」
彼女たちの姿が見えなくなってから、私は学友を引き止めようと伸ばした手を下ろす。
また、あることないことが噂されてしまうのだろう。そして遠巻きにされ、気味の悪いものを見る目を向けられる。
鬼の子なのは事実なので、否定できなかった。かといって花のあやかしの窮状を、見て見ぬふりをすることもできない。