たいして間を置かず、扉が内から開かれる。
中から、メイド服を身につけ、髪を後ろで一つにまとめた女性が顔を出した。
「……ど……」
「こちらに、マーキュオリーさんっていらっしゃるかしら?」
使用人らしき人が何かを言うより早く、デュナが問う。
「……申し訳ありませんが、お嬢様はお仕事で、しばらくお戻りになりません」
気を取り直すように一語一語丁寧に発言する女性の態度は、気のせいか、デュナから会話の主導権を取り戻そうとしているようにも見えた。
「しばらくというのは、具体的にどのくらいなのかしら」
「二週間程になります」
……さすがに二週間もトランドで待ちぼうけというのは難しい。
「行き先は?」
「伺っておりません」
そこまで聞いて、デュナが少し考えるような顔になる。
メガネを軽く押さえて黙り込んでしまったデュナの後ろにいた私と、使用人の女性の目が合った。
「お嬢様にどのようなご用件でしょうか」
にっこりと、穏やかな笑顔。
ほんわかと、笑顔に釣られて答える。
「ええと、届け物を頼まれたんですが……」
「それでしたら、こちらでお預かりいたしましょうか」
有難い申し出を、デュナがきっぱり断った。
「遠慮しとくわ、本人に手渡すよう依頼されたものだから」
あれ、そんな風に頼まれたかな……。
数日前の記憶を呼び戻そうとしていると、急に話題が変わる。
「お客様方、本日のお宿はお決まりですか?」
「うん? まだだよ」
視線が合ったのか、スカイが答える。
あたりは既に夕闇に包まれている。
「よろしければ、こちらでお休みになって下さい」
「え、いいの?」
静かに扉が開かれる。
「お嬢様に、不在時にお客様がいらしたら、丁重に持て成すよう仰せつかっておりますので……」
マーキュオリーさんは、妹さんから誰かが使いに出されることを聞いていたんだろうか。
大きく開いた扉に招き入れられて、スカイとフォルテが、それに引き摺られる形で私も後に続く。
タダで、こんなに立派なお屋敷に寝泊りできるとなって、ちょっと浮かれてきてしまう。
さっきまで、恐々としていたのがまるで嘘のようだった。
玄関を振り返ると、デュナが一人、まだ何かを考えながら歩いている。
普段なら、こういうとき一番嬉しそうにするのは彼女のはずなのに……と思ったとき、デュナがパッと顔を上げた。目が合うと、ひとつウィンクを投げられる。
……なんだろう?
よくわからないけれど、心配しなくていいという意味だろうなと受け取って、手を引かれている方。スカイの進むほうへ視線を戻す。
通されたのは、落ち着いた装飾の応接間だった。
「こちらでしばらくお待ち下さい」と、応接間に四人取り残される。
夕食を用意してくれるらしい。
四人分ともなると、結構な量だと思うのだが、そんなに気を使ってもらっていいんだろうか……。
まだカーテンの開かれている、大きなガラス窓から外を見る。
応接間は建物の表側に面していて、綺麗に整えられた庭木の向こうに、私達が通ってきた、門から続くまっすぐな道が見える。
明るい時間なら、この庭を眺めるだけで待ち時間も十分楽しめそうだったが、今はもう薄暗く、ガラスから少し身を離すと、指紋ひとつなく拭き上げられたガラスに、室内の風景がくっきり映った。
三人掛けのソファーの真ん中に、腕組みして足も組んで座っているデュナ。
火の入っていない暖炉の上に飾られた、絵皿や飾り時計を、楽しげに眺めているスカイ。
そして、まだ私にぴったりとくっついているフォルテの、少し不安げな顔が、ガラスに映し出される。
「フォルテ、今日はきっとふっかふかのベッドで寝られるよー」
少し屈んで、そのプラチナブロンドの頭にささやく。
顔を上げた小さな少女が、ふんわりと微笑んだ。
「うん、楽しみだね」
もしかして、私に心配をかけないようにしてくれているのかな……。
先ほどのデュナといい、この、私よりずっと小さな手で私のマントを掴んでいる少女といい。なんだか、ほんの少し、自分が情けないような気がしてきた。
ガラスに映るフォルテを見る。
裾に桜色のレースがついた、真っ白なケープ。
大きく開いた首元を、苺色のリボンでぐるりと巻いて、
正面でたっぷりとしたリボン結びになっているデザインが、フォルテをさらに幼く見せている。
ケープの下には、ローズピンクのワンピース。
ここにも、大きな苺色のリボンがハイウエスト気味に巻かれており、背中側で大きな蝶を作っていた。
パニエというほどのボリュームではないが、ふわふわと幾重にもギャザーを寄せられたアンダースカートが、ふんわりしたシルエットを作るとともに裾から白いフリルを覗かせ、一層甘い雰囲気になっていた。
肩から斜めに提げられた、金色のチェーンの先には、ころんとしたフォルムのガマグチポーチがぶら下がっている。
薄紫のポーチの表面には、白いレース糸で編まれた小花がいくつか花を咲かせている。
それらをキラキラと包み込むプラチナブロンドの髪は、全体にごく緩やかなウェーブがかかっていた。
その上には、苺色のリボンに白い大振りのレースがついた、カチューシャ状のヘッドドレスが乗っている。
まるで、砂糖菓子のような、ともすれば、甘い香りすら漂ってきそうな女の子。それがフォルテだった。
私の視線に気付いたのか、フォルテが不思議そうにこちらを見上げる。
ラズベリー色のおいしそうな瞳。
こんな色の目をした人に、私は今まで会った事がなかった。
自立してからの四人旅は一年目だったが、私は、冒険者の両親と鼠色の大きな犬と一緒に、物心ついたときには既に旅をしていた。
両親に連れられて、色んな国の人を見てきたが、それでも、こんな色の瞳を見たのはフォルテが初めてだったように思う。
『遥か東の方に住む少数民族……』民俗学者のお爺さんの声が、耳に蘇る。
「ラズ、どうかした?」
フォルテが少し心配そうに私の目を覗き込んでいる。
「ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」
あははと笑って誤魔化す。
いけないいけない。
今の私は、この砂糖菓子のような女の子の、保護者なのだから。
もっとしっかりしなくては……。と、どんなクエストの最中も、いつも私への笑顔を絶やさなかった両親を思い浮かべた。
ガチャリ。と重厚な音を立てて、ドアノブが動いた。
私達の入ってきた扉とは逆の位置の、大きな扉が観音開きに開かれて、先ほど私達を案内してくれた使用人の女性が顔を出した。
「お待たせいたしました。お食事の支度が整いましたので、ご案内いたします」
開かれた扉の向こうは食堂になっているらしく、遠くに長いテーブルと椅子が並べてあるのが見えた。
ぞろぞろと移動する。
それにしても広い食堂だ……。もしかしたら、この部屋で、立食パーティーだとか、そういった事もするのかもしれない。
テーブルがいくつも入るような、宴会場のような広さだった。
十人は掛けられそうな長いテーブルに、四脚分のみ用意された椅子が、なんだか不釣合いだ。
もっと小さな部屋はなかったのだろうか。それか、小さなテーブルは……。
ピシっとテーブルセッティングされた食卓では、王冠のような形に畳まれたナプキンが、大きな皿の上に乗っている。
ナプキンを膝に広げると、もう私達の意識はこれから出てくる料理に向いてしまい、部屋の広さなどは気にならなくなってしまったが。
あれ、ナイフの並びがなんだか変な気がする。
ふと気になって、ナイフを外から数えてみる。
どうやら、肉料理と魚料理の順番が逆になっているようだ。
カトラリーを並べ間違えたのか、実際にお肉の後にお魚が出てくるのかは分からないが、周りを見ると全員の物がその順で並んでいた。
デュナにその話をしようかと口を開きかけたとき、隣の部屋……おそらくキッチンになっているのだろう場所から、静かにワゴンが入ってきた。
大きなスープ皿には、緑色の液体が見える。
ほうれん草?そら豆?つい色々と想像してしまう。
絨毯のおかげか、音も立てずにやってくるワゴンを、私達は揃って待ち構えていた。
中から、メイド服を身につけ、髪を後ろで一つにまとめた女性が顔を出した。
「……ど……」
「こちらに、マーキュオリーさんっていらっしゃるかしら?」
使用人らしき人が何かを言うより早く、デュナが問う。
「……申し訳ありませんが、お嬢様はお仕事で、しばらくお戻りになりません」
気を取り直すように一語一語丁寧に発言する女性の態度は、気のせいか、デュナから会話の主導権を取り戻そうとしているようにも見えた。
「しばらくというのは、具体的にどのくらいなのかしら」
「二週間程になります」
……さすがに二週間もトランドで待ちぼうけというのは難しい。
「行き先は?」
「伺っておりません」
そこまで聞いて、デュナが少し考えるような顔になる。
メガネを軽く押さえて黙り込んでしまったデュナの後ろにいた私と、使用人の女性の目が合った。
「お嬢様にどのようなご用件でしょうか」
にっこりと、穏やかな笑顔。
ほんわかと、笑顔に釣られて答える。
「ええと、届け物を頼まれたんですが……」
「それでしたら、こちらでお預かりいたしましょうか」
有難い申し出を、デュナがきっぱり断った。
「遠慮しとくわ、本人に手渡すよう依頼されたものだから」
あれ、そんな風に頼まれたかな……。
数日前の記憶を呼び戻そうとしていると、急に話題が変わる。
「お客様方、本日のお宿はお決まりですか?」
「うん? まだだよ」
視線が合ったのか、スカイが答える。
あたりは既に夕闇に包まれている。
「よろしければ、こちらでお休みになって下さい」
「え、いいの?」
静かに扉が開かれる。
「お嬢様に、不在時にお客様がいらしたら、丁重に持て成すよう仰せつかっておりますので……」
マーキュオリーさんは、妹さんから誰かが使いに出されることを聞いていたんだろうか。
大きく開いた扉に招き入れられて、スカイとフォルテが、それに引き摺られる形で私も後に続く。
タダで、こんなに立派なお屋敷に寝泊りできるとなって、ちょっと浮かれてきてしまう。
さっきまで、恐々としていたのがまるで嘘のようだった。
玄関を振り返ると、デュナが一人、まだ何かを考えながら歩いている。
普段なら、こういうとき一番嬉しそうにするのは彼女のはずなのに……と思ったとき、デュナがパッと顔を上げた。目が合うと、ひとつウィンクを投げられる。
……なんだろう?
よくわからないけれど、心配しなくていいという意味だろうなと受け取って、手を引かれている方。スカイの進むほうへ視線を戻す。
通されたのは、落ち着いた装飾の応接間だった。
「こちらでしばらくお待ち下さい」と、応接間に四人取り残される。
夕食を用意してくれるらしい。
四人分ともなると、結構な量だと思うのだが、そんなに気を使ってもらっていいんだろうか……。
まだカーテンの開かれている、大きなガラス窓から外を見る。
応接間は建物の表側に面していて、綺麗に整えられた庭木の向こうに、私達が通ってきた、門から続くまっすぐな道が見える。
明るい時間なら、この庭を眺めるだけで待ち時間も十分楽しめそうだったが、今はもう薄暗く、ガラスから少し身を離すと、指紋ひとつなく拭き上げられたガラスに、室内の風景がくっきり映った。
三人掛けのソファーの真ん中に、腕組みして足も組んで座っているデュナ。
火の入っていない暖炉の上に飾られた、絵皿や飾り時計を、楽しげに眺めているスカイ。
そして、まだ私にぴったりとくっついているフォルテの、少し不安げな顔が、ガラスに映し出される。
「フォルテ、今日はきっとふっかふかのベッドで寝られるよー」
少し屈んで、そのプラチナブロンドの頭にささやく。
顔を上げた小さな少女が、ふんわりと微笑んだ。
「うん、楽しみだね」
もしかして、私に心配をかけないようにしてくれているのかな……。
先ほどのデュナといい、この、私よりずっと小さな手で私のマントを掴んでいる少女といい。なんだか、ほんの少し、自分が情けないような気がしてきた。
ガラスに映るフォルテを見る。
裾に桜色のレースがついた、真っ白なケープ。
大きく開いた首元を、苺色のリボンでぐるりと巻いて、
正面でたっぷりとしたリボン結びになっているデザインが、フォルテをさらに幼く見せている。
ケープの下には、ローズピンクのワンピース。
ここにも、大きな苺色のリボンがハイウエスト気味に巻かれており、背中側で大きな蝶を作っていた。
パニエというほどのボリュームではないが、ふわふわと幾重にもギャザーを寄せられたアンダースカートが、ふんわりしたシルエットを作るとともに裾から白いフリルを覗かせ、一層甘い雰囲気になっていた。
肩から斜めに提げられた、金色のチェーンの先には、ころんとしたフォルムのガマグチポーチがぶら下がっている。
薄紫のポーチの表面には、白いレース糸で編まれた小花がいくつか花を咲かせている。
それらをキラキラと包み込むプラチナブロンドの髪は、全体にごく緩やかなウェーブがかかっていた。
その上には、苺色のリボンに白い大振りのレースがついた、カチューシャ状のヘッドドレスが乗っている。
まるで、砂糖菓子のような、ともすれば、甘い香りすら漂ってきそうな女の子。それがフォルテだった。
私の視線に気付いたのか、フォルテが不思議そうにこちらを見上げる。
ラズベリー色のおいしそうな瞳。
こんな色の目をした人に、私は今まで会った事がなかった。
自立してからの四人旅は一年目だったが、私は、冒険者の両親と鼠色の大きな犬と一緒に、物心ついたときには既に旅をしていた。
両親に連れられて、色んな国の人を見てきたが、それでも、こんな色の瞳を見たのはフォルテが初めてだったように思う。
『遥か東の方に住む少数民族……』民俗学者のお爺さんの声が、耳に蘇る。
「ラズ、どうかした?」
フォルテが少し心配そうに私の目を覗き込んでいる。
「ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃった」
あははと笑って誤魔化す。
いけないいけない。
今の私は、この砂糖菓子のような女の子の、保護者なのだから。
もっとしっかりしなくては……。と、どんなクエストの最中も、いつも私への笑顔を絶やさなかった両親を思い浮かべた。
ガチャリ。と重厚な音を立てて、ドアノブが動いた。
私達の入ってきた扉とは逆の位置の、大きな扉が観音開きに開かれて、先ほど私達を案内してくれた使用人の女性が顔を出した。
「お待たせいたしました。お食事の支度が整いましたので、ご案内いたします」
開かれた扉の向こうは食堂になっているらしく、遠くに長いテーブルと椅子が並べてあるのが見えた。
ぞろぞろと移動する。
それにしても広い食堂だ……。もしかしたら、この部屋で、立食パーティーだとか、そういった事もするのかもしれない。
テーブルがいくつも入るような、宴会場のような広さだった。
十人は掛けられそうな長いテーブルに、四脚分のみ用意された椅子が、なんだか不釣合いだ。
もっと小さな部屋はなかったのだろうか。それか、小さなテーブルは……。
ピシっとテーブルセッティングされた食卓では、王冠のような形に畳まれたナプキンが、大きな皿の上に乗っている。
ナプキンを膝に広げると、もう私達の意識はこれから出てくる料理に向いてしまい、部屋の広さなどは気にならなくなってしまったが。
あれ、ナイフの並びがなんだか変な気がする。
ふと気になって、ナイフを外から数えてみる。
どうやら、肉料理と魚料理の順番が逆になっているようだ。
カトラリーを並べ間違えたのか、実際にお肉の後にお魚が出てくるのかは分からないが、周りを見ると全員の物がその順で並んでいた。
デュナにその話をしようかと口を開きかけたとき、隣の部屋……おそらくキッチンになっているのだろう場所から、静かにワゴンが入ってきた。
大きなスープ皿には、緑色の液体が見える。
ほうれん草?そら豆?つい色々と想像してしまう。
絨毯のおかげか、音も立てずにやってくるワゴンを、私達は揃って待ち構えていた。